– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

6. 「初めてのクエスト」Ⅱ


それから歩くこと、大体20分くらい。幸運なことにモンスターと出会うこともなく、日が沈む前に俺達は木々の切れ目に建物の屋根を見ることができた。
 
 
「町だぁ!」


 一番疲れた顔をしていたベルが、ぴょんと跳ねる。


「ようやく着いた……」


 意地で剣を杖にすることだけは耐えて歩き通した俺も、こんなに嬉しかったのはアヴァベルの塔に入ったとき以来、というくらいの嬉しさを覚えながら屋根を見た。


「さぁ、門までもう一息よ!」


 イーリスが明るくそう言うと、歩くペースを上げる。
 槍を遠慮なく杖代わりにしているマキアと、グレイスも、心なしかペースが上がったような。


 女神様は、まぁ、にこにこしていた。
 それどころか、


「私、町に入るのは初めてなのです。楽しみですね」


 と、すごく呑気なことを言っている。


 やがて森が途切れて、整備された道が現れた。
 開かれっ放しになった門から町に入って、深呼吸。


 町という安全地帯に入れた、という安堵感が全身に広がる。


「アヴァベルの町と、あんまり変わらないんだな」


 石畳の道に、両脇には商店や宿、飲食店が並んでいる。
 何となくホッとする感じを覚えた。


「さぁて、買い物でも……と言いたいんだけどさ」
「何かあったのか、マキア?」
「オレら、この世界の通貨を持ってないよな? 店先の値札の単位が、どう見ても覚えがないんだわ」


 マキアに言われて、俺も商店の店先を覗き込む。
 見たことのあるような薬草や持ち運びしやすい携帯食が並んでいるが、そこにつけられている札に書かれている通貨の単位に見覚えがなかった。


「これでは何も買えませんわね……」


 グレイスが自分の持っているコインを見て首を横に振る。
 全員、持っている通貨は同じだ。ということはやっぱり何も買えない。


「俺も、全然、金持ってないんだよな」


 俺の場合は、元の仲間に強奪されたからなんだけど、それは言わなくて良いだろう。


「ちなみに、女神様はお金とか……」
「……神殿に、稀に寄付が来ることはありますが、それは神殿を囲む森の維持費用に……」
「案外世知辛いわね……」


 イーリスのツッコミに俺も同意しつつ。全員、実質的に一文無しだった。
 買い物ができないと、魔王封印の旅に出発もできない。さて、どうするか、と考えて、俺はちょっと閃いた。


「なあ、この世界もモンスターが出るんだから、それに対処する、俺達みたいな冒険者がいるんじゃないか?」


 俺がそう言うと、女神様以外、あぁ、と理解したという顔をした。


「冒険者にモンスター退治をしてほしい人もそれなりにいそうよね?」


 イーリスに、俺は頷いた。


「で、モンスター退治の依頼が出てたりするかもな。今からだとロクな依頼はなさそうだけど、今日がなければ今晩は我慢して広場に野宿でもして、明日の朝一番に依頼を受けに行けばいい」


 まぁ、夕方ということを考えると、マキアの言う通り、効率が良かったり報酬の良い依頼はとっくに誰かに持っていかれているだろうが、それでも何かあるかもしれないし、この町の広場に野宿なら安全だろう。


「クエスト依頼って、一番人が集まる広場とかに受付があって、そこで何があるか教えてもらえるよね?」


 既にやる気になっているベルは、広場はどっちかなぁ、ときょろきょろしている。
 俺は


「広場とかは、大体太い道の先にあるものだから……多分こっちだと思う」


 と予測を立てて歩き始めた。
 勝手に行くな、と後ろから声が聞こえたが、そう大きくなさそうな町だし、安全そうだし、もう少し歩くくらい付き合ってもらっても良いだろうという気分だった。


 で、大きな道を少し行くと、本当に広場があった。
 座る場所なんかもあるし、広場の隅には俺達の世界のクエスト受付とそっくりな小さな建物もある。
 予測が当たって、俺はちょっとだけ得意になった。


「へぇ、キレイな広場だなぁ」


 人の行き来もそれなりにあって、休憩している人もいる。
 魔王の脅威に晒されている、なんて信じられないほど、穏やかな光景だった。


 ただ、俺達はその中に混ざるわけにはいかない。
 クエストの一つも受けないと、本当に、この広場で野宿決定だからだ。


「良かったぁ、クエスト受付だよね、あれ」


 ベルが小さな建物を指差す。


「この世界にもクエストやギルドがあるのですわねぇ、何だか安心しました」


 グレイスの気持ちは俺もよく分かる。冒険者として馴染み深い物がこの世界にもあると思うと、親近感が湧いてくる。
 さて、いつまでも建物を見ている場合じゃないな。


「とりあえず、俺がクエストについて訊いてみるよ」


 と名乗りを上げて、受付に向かった。  ギルドに所属していないとクエストは受けられないとか、そういうルールがありませんように、と思いつつ、俺は


「すみません」


 と受付にいる女性に声をかけた。


「はい、ご用件を伺います」
「初心者でもできるクエスト、何かありませんか?」


 女性は、俺達を、正確には俺達の装備を見て、

「皆様は、中級か、それ以上にお見受けしますが、クエストは初心者向けでよろしいのですか?」


 と首を傾げる。
だが、俺が必死に初心者向けで、と主張したので、すぐにクエストの依頼票をぱらぱらとめくり始めた。


「つい先ほど1件入った依頼が、ちょうど初心者の方でも受けられる依頼となっておりますね。夜行性の小型モンスターから素材を狩るというものです。モンスター自体はそう強くはありませんが、夜に活動しなくてはならないことと、素材……今回必要なのは毛皮ですが、それを綺麗な形で規定数採取する必要があるため、あまり人気がありませんね。ああ、もちろん、夜間に屋外で泊まり込む可能性もある依頼ですので、それを考慮して報酬は上乗せされているのですが」

 夜間にモンスターを狩るというのは、一般的に危険性の高い依頼と認識されている。
 大抵、夜間に活動するモンスターは夜目が利き、夜こそが活動時間だが、人間はそうではない。

夜目が利く体質だとか、一時的にそういう体質にできる魔法でも使って、
夜にも昼間と同じように戦えるようにする必要がある。
 よほどの達人なら、夜でも平気かもしれないけど。

 というわけで、夜でなければいけない依頼というのは、依頼料が高いのだ。
 これは、初心者でも狩れるようなモンスターが相手だとしても、例外なく。
 どうやらアルメスも同じ条件らしい。


 ただ、こちらは、身体能力こそ初心者同等だが、冒険の心得のある人員が5人もいる。
戦闘に不安はあるが、さっき戦った感じでは、小型モンスターなら対応できそうだった。
女神様は……まぁ、頭数に入れておかない方が良いだろう。


 俺は、依頼票を受け取ると、確認の意味も込めて一読してから、


「俺は、この依頼はかなり良いと思うんだけど、みんなはどう思う?」


 と他のメンバーにも回していった。
 イーリス、マキア、グレイス、ベルと依頼票が回り、また俺のところに戻ってきたときには、ではこれで、という空気ができあがっていた。


「ただ狩るんじゃなく、綺麗な状態で毛皮を採取、がちっとばかし難易度高いが、まぁ何とかなるだろ」


 神殿で出会ってからまだあまり時間は経っていないが、それでもこの中で一番注意深いと俺が認識しているマキアの賛成に背を押され、俺は受付の女性に


「このクエスト、受けたいです」


 と伝えた。


「承知いたしました。ただ、こちらは安全性を考慮してソロ冒険者の受注を認めておりません。パーティ限定のクエストとなります。後ろの皆様がパーティということでよろしいでしょうか」
「あぁ、いえ、彼らとはさっき知り合ったばかりなので……まだ、パーティとかでは」
「そうでしたか。臨時、正式、どちらでも構いませんが、こちらを受注なさるのであれば、パーティ登録をお願いいたします」


 受付の女性ににこやかに言われて、俺は頷いた。


「えぇと、臨時パーティで登録して良いよな?」


 一応、確認としてみんなの方を見る。
 反対はされないだろうと思っていたのだが、


「待って」


 とイーリスが止めてきた。


「これから魔王封印の旅に一緒に行く一蓮托生の関係なんだし、正式パーティとして登録しちゃいましょ」
「えええっ」
「……何よジーク、その反応は」
「い、いや、臨時でも別にクエストは受けられるんだし……焦らなくても」


 この世界に来る直前にパーティの仲間に裏切られた俺としては、正式パーティになるのは、怖い。彼らは元仲間とは違う人間だと分かっているが、問題は俺だ。
俺が、また同じ失敗をしでかしそうで。だから、正式パーティを組むのはまだ荷が重いと感じてしまう。


「正式パーティとして登録しておけば、毎回臨時パーティの申請を出さなくても良いんじゃないの?」


 イーリスに尋ねられた受付の女性は、えぇ、と肯定する。


「こちらで正式登録をしていただければ、次回以降のクエスト受注では登録証を見せてサインをするだけでクエストに出発できますよ」
「やっぱり、その辺りはアヴァベルと変わらない感じなのね」
「あばべる……?」
「あぁ、ごめんなさい、こちらの話」


 イーリスは俺を見て、


「やっぱり、正式パーティの方が良いわよ」


 と押してくる。

「パーティを組めば解散するまでは身内同然ですから、万が一はぐれたときも身元引受人としても機能できますわね」


 グレイスもイーリスを後押しするようなことを言う。
 それでも俺は、分かったと即答できず。
 ちゃんとパーティを組むのが一番良いのは分かっているのだ。去っていく後姿を見てしまった俺が、1人で怖がっているだけで。
 でも、ここは……、俺のわがままを通せる場面ではない。


「……分かった。じゃあ、正式パーティとして登録して、それからクエストに行こう」


 俺がそう宣言すると、受付の女性が


「では、こちらにお名前の記入をお願いいたします」


 と紙を1枚出してきた。
 パーティメンバー表と書かれたその紙に全員が署名をする。
 何故か女神様までもが……。
 声を潜めて、イーリスが


「待って、均衡の女神って、それ書いちゃうの!?」


 と止めようとする。
 だが、女神様は大物だった。


「私の存在を知った誰かが、何か別の名前で呼び、それを信仰として広めてくだされば、私もその名を名乗れるのですが、今は他の名前がありませんので」


 そう、女神様がパーティメンバーとして登録するという問題を、普通の名前がない問題に、天然なのかわざとなのか分からないけどすり替えて、名前を書いてしまった。
 ベルがそれを見て、腹を抱えて笑っている。


更にマキアが


「リーダーはジークでいっか」


 などと言って紙を出してしまったために俺が止める間もなく、俺がリーダーになってしまった。
 受付の女性は


「均衡の女神……?」


 と不思議そうな顔をしたが、名乗れない事情でもあると思ってくれたのか、そのまま受理された。


 しばらくすると、それぞれの名前が書かれた、全員同じ色の、掌大のカードが渡される。
 それと、説明書も一緒に。


「ええと、登録証は、クエストを受けるときに見せるとパーティに所属していることが分かるので、ソロでは受けられないクエストも受けられるようになる。

それから、森の中で死んだりして身元が分からないくらいになっても、カードが残っていて、誰か冒険者の手に渡れば家族や身元引受人に連絡をしてもらえる。

俺達の場合は、他のパーティメンバーが生き残っていればみんなのうちの誰かに、全滅していたら、身元不明人扱い、だろうな。
……登録証を受け取ったからには、俺達もどこかでカードを拾ったら連絡する義務が発生する……うん、まぁ、当然か」


 説明書を読み終えると、俺はそれを折り畳んで荷物入れに突っ込む。

 何はともあれ、俺達はこのアルメスの、正式な冒険者パーティとして登録された。
 さっきの依頼票を改めて受け取り、受付の女性の

「お気をつけて」


 という言葉に見送られて、俺達は夜間のクエストに出発したのだった。


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