– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

12.「会者定離」



「ほお、道が俺らに合わせて動いてるみたいだ」

 アヒムは、俺達に害意がないと示すように、自然に先頭の俺の隣りを位置取り、歩いている。
 後ろからついてくる形だと、後ろから奇襲されるかもしれないと警戒しなくてはならない。
 でも、俺の隣りなら、怪しい動きがあれば俺に分かるというわけだ。

「そういえば、貴方、野獣族なんだから、さっきの野獣族に出口まで案内してもらえば良かったんじゃないの?」
「おいおい嬢ちゃん、そんなことしたら、野獣族でありながら群れを離れて気ままに暮らすなどうんたらかんたらー、ってうるさいに決まってるだろ。あと、隠れてお前さん方とあいつらの話を聞いてたんだけどな、あいつらの言い分は明らかにバカだろ。そんな奴らに案内頼んで、ちゃんと出られるかどうか」

 後半が、さっきイーリスが野獣族の戦士についてぼやいていた内容と全く同じだったので、イーリスはぶほお、と吹き出していた。

「け、賢明な判断ね」

 そう言うイーリスの声は、明らかに大笑いするのを堪えている。
 吹き出している時点で大笑いしているのと同じなんだけどな。

 最初は激しく警戒していたけれど、アヒム自身が怪しい動きをしないように振る舞っていたし、言葉遣いは粗野だが明るく、話していて楽しいので、段々警戒も薄れていった。

「皆様、そろそろ静寂の森を抜けますよ」

 女神様に合図され、俺達は静寂の森を出た。
 自分達の話声と足音以外全くしない場所から、木々のざわめきや鳥の鳴き声のする場所に急に切り替わる感覚は、2回目だが眩暈がしそうになる。

「おおおっ、外に出られた!」

 アヒムは、ばんざい、と両手を高く挙げている。

「助かった、あのまま永久に静寂の森で迷い続けるのかと思ったぜ」
「うふふ、そんなに喜んでもらえると、こちらも嬉しいですわ」

 あまりにも喜んでいるアヒムの姿に、グレイスは微笑ましいという顔をする。

「俺の家はもうちょい先だ、そこでお別れだな」

 そう言われて、俺は、そういえば静寂の森を出るまでの同行、が頼みだったと思い出す。
 アヒムが簡単に俺達に馴染んでしまったので、忘れかけていた。

「……アヒム、俺達は最初、君を警戒していたけれど。君は、本当に良い人なんだと思った。だから、できればまた会いたい。俺達の旅が無事に終わったら、会いに来ていいか?」
「ちょっと、ジーク、気を許すのが早すぎるんじゃないかしら」
「でも、アヒムの言うことは嘘だって感じはしなかった。俺はできれば……その直感を信じたい。イーリスはどう思った?」
「それは……ジークと同じだけど」
「だろ? ……アヒム、どうだろう? 君が嫌じゃなければ」

 別れるのが名残惜しくて問いかけると、アヒムは、笑っているけれど泣いている、ような不思議な表情になった。

「んん……まあ、縁があればな」

 煮え切らない返事に、俺が楽しんだほどにはアヒムはこの道行きを楽しんでいなかったのかと少し残念に思う。
 種族が違うからかな。

「ああ、いや、お前さん方と喋ってんのは楽しかったぜ? でも、まあ、何だ、色々あるんだよ」

 アヒムはそう言うと、道中にぽつんと建っている家を指差して、

「あれが俺んちだ。静寂の森で迷ってるうちに潰れてるかもしれんと思ってたが、何だ、案外しぶといな」

 アヒムはがははは、と豪快に笑うと、その家の扉を軽く引いた。
 ぎし、と錆びた音がする。

「ん、固いな」

 アヒムはそう言うと、今度は強く力を入れて扉を開けた。

「お前さん方、急ぎの旅だとは思うがちょっと待っててくれ、礼に渡したいもんがあるんだ」

 そして中に入ったアヒムは、すぐに出てくると、俺にぽんと何かを放ってきた。

「わ、投げるなよ……っ」

 それをキャッチしてよく見てみると、それは腕輪だった。
 金色の腕輪に、赤い宝石がついている。宝石は日の光を反射して、きらりと光った。

「アクセサリー?」
「ただのアクセサリーじゃないぜ、それは致死レベルのダメージを1度だけ完全に無効化するアイテム、リボークブレスレットだ。しかも身に着けなくても、所持品として持っているだけで効果があるっつう代物だ。野獣族の群れにいた頃に戦利品として手に入れたもんでな、1つしか無いのが心苦しいが、何かに役立ててくれや」
「そ、そんなすごいアイテム、受け取れない! 俺達は、自分達のついでにアヒムが同行するのを許しただけだし、先に俺達を助けてくれたのはアヒムじゃないか! 森の外まで一緒に、っていうのは、助けてくれたことに対する交換条件だろ、その上に礼の品なんて……」
「いいからいいから。俺にゃあ、もう必要のねぇもんだ。この中の誰かが使うなり、売って新しい装備を買うなり、好きにしろって」

 俺が返そうとしても、アヒムは受け取らない。

「お前さん方の旅が順調にいくように、祈ってるぜ」

 にか、と笑って手を振ると、そのまま家の中に入り、扉を閉めてしまった。

「おい、アヒム!」

 俺はアヒムを追いかけて、扉を開ける。

「は? ……何だ、これ」

 扉を開けたまま固まった俺を見て、後ろから

「なにー? どしたの、ジーク?」

とベルが家の中を覗き込む。
 そして、俺と同じように、え、と声を出して固まった。

「ちょっと、2人とも何で固まってるのよ、アヒムは?」

 イーリスに尋ねられるが、何とも説明しにくい。
 実際に見てもらおうと俺は場所を譲った。

「どういうことだ?」

 イーリスと一緒に家の中を見たマキアが驚いた声を上げる。
 戸惑うのも無理はない、家の中は、一言で言えば、廃墟同然だった。

「ここ、本当に人が……アヒムさんが住んでいたんですの?」

 グレイスが疑問を口にする。

「住んでは……いたんだと思う。家具とか、使われていた形跡もある」

 俺は家の中に入ると、脚が折れて倒れているテーブルに指を置いた。
 すると、厚い埃が指に付く。

 床に落ちて割れているカップや止まった時計、色あせた壁の絵、埃の積もったベッドなど、かつては誰かが住んでいたが、家主がいなくなってから少なからず時間が経っていると分かるような有様だった。

「アヒムもいないな……」

 家は、扉を開ければ中が全て見えるような小さなもので、アヒムのような屈強な戦士が隠れられるような場所はない。
 消えてしまった、と言うのがぴったりだった。

「ねえ……もしかして、アヒムって、幽霊だった?」

 黙ってしまった俺達に確認するように、イーリスが呟く。
 そうとしか思えないが、誰かに、そうだと認めてもらい、確信を得たがっているようだった。

「幽霊……なのでしょうね。あんなに、生者と全く同じように動いたり戦ったりできる死者は初めて見ましたが。……スケルトンは戦えますけれど、身体は明らかに生者と違うと分かりますし。でも、彼を見たときに感じた、普通と違うという違和感の正体は、これだったのですね」

女神様が肯定し、イーリスは、そう、と頷いた。

「アヒムさんは……静寂の森で亡くなられて、ずっと帰りたいと彷徨ってらしたのですね」

 グレイスが、床に落ちていた2枚の皿を、埃が手に付くのも厭わずに拾い上げる。
 家の隅には、花束だったのであろう、枯草と枯葉を束ねた物と、リボンのかかった、プレゼントと思われる箱が置かれていた。

「客が来るから持て成すために狩りに出た、って言ってたな。この皿が歓待用の食器で、花束と箱は、その人の手土産か……」

 想像するしかできないし、俺達は旅の途中で、ここでゆっくりしている時間はない。
 それでも、このまま出ていくこともできず、俺達は楽しい時間を過ごした友人を惜しむように、全員でお辞儀を……黙祷を、した。

「さっ、そろそろ行くか」

 ややあって、マキアが感傷を振り払うような、いつも通りの声音で俺達を促す。

「そうだな」

俺達はアヒムの家から出て、また風の洞窟に向かう道を歩き始めた。

そうだ、大事なことがあった。

「アヒムからもらったブレスレットなんだけど、グレイスに渡して良いか? 俺達の中で回復魔法が使えるのはグレイスだけだから、グレイスが戦闘で倒れるようなことがあったら困る。1回だけの効果とは言え、すごく強いアイテムだから、みんな、自分で持ちたいと思うけど……」

 俺が全員に確認を取ると、口々に異議なし、と返って来た。

「じゃあ、グレイス、これを持っていてくれ」
「ええ、ありがとうございます。このブレスレットの力が発動しないで済むように、わたくし自身も気を付けますわ」
「ああ、そうだな」

 グレイスは頷いて、ブレスレットを荷物入れに仕舞った。

 俺達は、家が見えなくなりかける辺りでもう一度軽くお辞儀をして、再び風の洞窟に向けて進み始めた

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