– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

23. 「器の力」

「くっ……う……!」

リオンは、俺達と一緒にいる間は実力を隠していたのではないかと疑わしく思えるような動きで俺に攻撃してきた。
最初に出会ったときは野獣族から逃げている様子で、1人で森を歩き回るにはあまりにも危うい軽装だったし、その後のモンスターや野獣族達との戦闘では戦力として活躍してくれたけれど、飛び抜けて強かったという印象も無かった。
だから、精霊族の村にいるときはそこまで実戦経験は多くないのだろうと思っていた。
風の洞窟に行かなければきちんとした武器も入手できないくらいだったから、なおのこと。

だが、多分、リオンは迷いの魔法に守られてろくな武器もなかった精霊族の村の中で、自力で工夫して鍛えていたのだろう。
敵として戦っているからこそ、リオンの努力の蓄積がよく分かる。
並大抵の努力で、ここまで強くはなれなかっただろう。
だから、それを魔王になるために活かそうとしていることが、悔しい。

「リオン! 頼むから、考え直してくれ!」
「うるさいっ!」

俺とリオンの剣がぶつかる。
イーリスとマキアは隙を見て器と女神様を解放できないかと俺達を見守っているが、リオンの位置取りは見事だった。
女神様と、祭壇の陰に隠した器に手を出そうとすれば、リオンに攻撃をされる。
それに、これが一番、俺達の攻撃を鈍らせているのだが。
俺達はリオンを仲間だと思っているから、リオンを殺すつもりで攻撃なんてできない。

イーリスやマキアが俺とリオンが戦っているのを見ながらも俺に加勢しないのも、グレイスやベルがリオンを逃がさないように警戒しながらも魔法やエレメントを出さずにいるのも、そのためだった。
リオンは、そんな俺達の躊躇いに気付いたのだろう、俺に向かって剣を投げてきた。

「うお……っ」

俺達がその剣を避けた拍子に、隙ができる。
リオンはその間に、女神様と柱を繋ぐ紐を切って自分が端を握り、反対の手で二つの器を抱えて逃げ出した。
入口は俺達が立ち塞がっているから出られない。
出るには、俺達全員を突破するしかないが、女神様と器を捨てられないリオンにそれは不可能、と思っていたのだが。
リオンが向かったのは入り口ではなかった。
リオンは何もない壁の方に向かうと、どん、と壁を叩く。
すると、壁が水のように揺らめいて、リオンは女神様を引きずるようにその中に飛び込んでいった。

「まさか、ここにも隠し通路があるなんて」
「感心してる場合じゃないわ、追うわよ!」

飛び込んだ隠し通路は一本道で、真っ直ぐに進むと、また別の広い場所に出た。
何故わざわざ追い詰められるしかない行き止まりに入ってきたのかと不思議に思ったが、リオンはそのまま、入り口と反対側の壁に向かっていった。
そして、探るように壁を叩き始めた、が。

「どうして……そんな、馬鹿な!」

リオンは壁を叩きながら、困惑している。
更に奥があるとリオンは誰かに教えられたのだろうか、だが、次の隠し通路が現れることはない。

「リオン」
「く……来るな!」

リオンは足元に器を置き、しゃがみ込んだまま、隠し持っていた短剣を手にする。
俺達が少しでも近づいたら、すぐに攻撃できるように。
だが、俺は自分の剣を鞘に納めた。
それを見て、リオンの表情に動揺が走る。
いよいよ総攻撃をかけられると思っていたのに、武器を収めてしまったから驚いた、といったところだろうか。

「ジーク……?」
「リオン、俺達の話を聞いてくれ」
「話なんて……」
「リオンにはなくても、俺達にはあるんだ!」

必死に呼びかけると、リオンの短剣を持つ手が震える。

「リオン、俺達が仲間になったとき、リオンは精霊族の敵討ちをしたいから俺達の仲間にしてほしいって、そう言ったよな?」
「そんなの嘘に決まってるだろう。僕は人間と精霊族の混血として、精霊族の村では存在を無視をされたり石をぶつけられたり……名前さえ呼ばれず、混血とだけ呼ばれることもあった。だから、精霊族の村には自分の居場所はないと思って、人間族の父を尋ねるために人の町に行ってみたこともあった。そうしたら、知らない、自分に子供などいない、って言われたんだ。ははっ、僕から見ても僕によく似ている男が、死人が蘇ったみたいな顔して逃げていくんだよ、滑稽だよね。……こんな世界、守る価値なんてないんだよ、ジーク。真面目に生きていようと、目立たずにいようと努力しようと、どんな生まれか、それだけで蔑まれる。だから僕は、魔王になって、この世界全てに復讐しなければ、気が済まないんだ」

人間族と精霊族の間に生まれ、精霊族の村で暮らしていたということ以上は語らなかったリオンは、初めて俺達に、本当はどういう環境で育ったのかを教えてくれた。

話すうちに怒りや憎しみが込み上げてきたのか、その目が鈍く輝き始める。
沈黙の沼でカディナがリオンを「出来損ない」と言ったのを聞いたが、ずっとそんな扱いを受けていたなら、リオンがこの世界に何の希望も抱けず、魔王になれると甘い言葉を囁かれてそれに耳を傾けてしまったことは心情的には責められない。
けれど、分かりましたと認めるわけにもいかない。

「この世界全てに復讐したい……それが、本当の、リオンの動機なのね?」
「その通りだよ。だけど、そんなことを言ったら、君達に同行できないだろう? 闇の器と均衡の女神を一挙に手に入れる機会が来るまで、僕が君達と堂々と行動を共にする口実が必要だった。敵討ち、は同情を引くのにぴったりだったと思わないかい?」
「オレらはまんまと同情して、リオンの思い通りになったってわけだ」
「僕が……異種族の間に生まれた子供が、この世界でどんな扱いをされるか、君達は知らないだろうと確信していた。それから、自分のいた世界ではない世界のために、危険な旅に出るほどのお人好しの集まり……自分達では僕を守れないかもしれないから仲間にできない、なんて、本当にお人好しだよね。きっと、村の皆の敵討ちをしたいと言えば、君達は僕を無下にはしないと思ったよ」

リオンは、自分のしたことを隠さず語る。
それは開き直っているようにも見えるが、一方で、俺達を突き放そうとしているようにも見えた。
自分は最初から魔王の側に立つ者で、俺達に対しては親愛も友愛も無く、ただ利用するつもりだったのだと告げることで、俺達がリオンを敵だと認識するように。

「そうだな、敵討ちをしたいという言葉に心を動かされたのは確かだ。だけど俺達は、同情だけでリオンをここまで追いかけてきたんじゃない。復讐が良いとか悪いとか、それは俺達が口を出せるものじゃないとも思う。それは、リオンの心の問題だから……。でも、俺達は、仲間が魔王になって人々を傷つけていく姿を見たくないんだ」

わざとらしく笑っていたリオンの表情が、俺の言葉を聞いて、どうして、と途方に暮れたものに変わる。
俺達を騙していたのだ、と全て明かしても仲間だと言い切る俺、そして頷く仲間達は、リオンにとって理解ができないのか、それとも理解を拒否しているのか。

どちらにしても、俺達の言葉に感情を揺らしているのなら、説得の余地はあるのではないかと、俺は希望を抱いた。

「リオン、頼む、自分を傷つけた相手と……同じ場所まで、いや、もっと暗い場所まで落ちないでくれ」

祈るような気持ちでそう伝えると、リオンの手が震えた。

「そんな……そんなことを言って、君達だって僕から器を奪えれば、本心では僕のことなんてどうでも良いんだろう?」
「違う! リオンをどうでも良いなんて思ってない!」
「うるさい、うるさい!」

リオンに近づこうと踏み出した俺は、

「あぶないっ!」

という声と共に後ろに引っ張られた。
俺が立っていた場所を、白い何かが通り過ぎていく。

「な、何だ、今の……?」
「リオンは、今、器の力を解放しましたわ」

俺を引っ張ってくれたグレイスは、リオンの足元を指差す。
リオンが隠すように置いていた光の器と闇の器は、ぼんやりと輝きを放っていた。
そこから、白い何かと黒い何かが次々と飛び出して、ぐるんぐるんと飛び回ったと思うと、リオンの腹にぶつかる。
だが、リオンが痛みなどを感じている様子はない。
むしろ、白と黒の何かが身体に入る度に、力が漲っているような。

「リオン! いけません、貴方の身体にその力は入りきらない!」

女神様がリオンを止めようとするが、縛られた両手から伸びる紐は岩に括られており、飛ぼうとしてぐいっと引き戻されている。
縄から抜け出すことも思いつかないほど焦っている女神様の姿に、俺は、リオンに何が起こるのかとひどく不安を感じていた。

「これが、器の力か……!」

だが、リオンはただただ強大な力に陶然として、自分の両手を見詰めている。
そして、次の瞬間、構えたのも見えないほどの速さで俺に斬りかかってきた。
咄嗟に自分の剣で受け止めるが、今までと比べ物にならないほどの力に、俺の体勢が崩されてしまう。

「リオンッ、いい加減にしなさいよ!」

割って入ったイーリスがリオンの肩辺りを狙って突きを繰り出すと、そちらを防ぐためにリオンが動く。
そのおかげで、俺は何とか体勢を立て直すことができた。
けれど。

「ちょ、っと、何してる、のよ!」
「君の方から斬りかかってきたのに、何してるの、は無いんじゃないかな」

リオンは、イーリスが突きを繰り出した剣を、短剣を持っていない方の手で受け止めていた。
リオンの手には手甲が嵌められており、短剣や小さな投擲武器なら跳ね返せるはずだ。
しかし、大きな剣を、跳ね返すのではなく握って受け止めたりしたら、手甲なんか簡単に壊れて、リオンの手を深く傷つけてしまう。

しかしリオンはしっかりとイーリスの剣を握り締めて、そして、笑ったのだ。

「僕の中には光の器と闇の器の力が入っているんだ、ただの人間の君達に、負ける理由がないね」

そう言うと、剣ごとイーリスを振り回して、放り投げた。

「きゃっ……!」

盾も使って受け身を取ったものの、勢いを殺しきれずイーリスはごろごろと転がる。
追い打ちをかけようと迫ってくるリオンを、マキアの槍が止めた。

「お、っと」
「へぇ、今のを見切ったとは、なかなかやるじゃねぇか」
「マキアこそ、ねっ」

マキアの槍を避けたリオンはすぐに斬り込んでくる。
間合いを取ろうとするマキアだったが、それ以上の速さで迫るリオンに、焦った表情を見せる。

短剣を持っているリオンと槍のマキアでは、間合いが違い過ぎる。
普通なら、マキアが自分に都合のいい間合いを取って、一方的に攻撃することが可能だ。
だが、ここまで

だが、マキアに向かったリオンの剣は横から飛んできた魔法によって軌道を逸らされ、間を開けず飛んできたエレメントを避けるためにリオンは足を止めざるを得ない。
その隙にマキアはリオンの間合いから逃れていた。

俺達は間合いを充分に取りながらも、リオンを囲むような立ち位置を崩さない。
リオンはそんな俺達を見て、距離を測るように少しだけ頭を上下に揺らしたと思うと、目にもとまらぬ速さで俺に距離を詰めてきた。

俺がリオンの剣を受けているうちにマキアとベルが器を確保しようと走り出す。
リオンはそれを目の端で捉えた、と思ったら俺の前から消えて、マキアとベルに攻撃を仕掛けていた。

速さもパワーもとんでもないレベルに強化されていて、5人でかかっても動きを止めることができない。
むしろ、簡単にあしらわれてしまっている。

剣や槍を使った攻撃は受け流されるか弾かれ、魔法を使った攻撃はまるで遊んででもいるかのように避けられる。
時折、俺達の攻撃が腕や脚を掠めても、リオンが吸収した器の力がリオンを守っているのか、傷一つ付けることができなかった。

リオン1人に対して俺達全員が攻撃を仕掛けているにも関わらず、段々と体力を消耗しているのは俺達の方で、リオンは笑って俺達を見ている余裕さえ残している。

「そろそろ……終わりにしよう」

リオンはそう言うと、俺達の方に向かって駆けてくる。
何とか目で追うことはできるが、今のリオンの攻撃を受け切れるかどうか、一瞬のうちに今の実力差を考え、最善手を考える。
だが、突然リオンは

「ぐ、ああっ……!」

と苦し気な声を上げたと思うと、その場に膝を突いた。

「ど、どうして……こんな、こと、が……ッ!」

リオンの身体から白と黒の球のようなものが抜けては戻り、また抜けたと思ったら戻る。
その度に、リオンの呼吸が荒くなっていく。

「リオン、器の力を手放すのです!」

女神様がリオンにそう教えるが、リオンは

「いやだ、いや、だ……」

と子供のように首を横に振る。

しかし、次の瞬間、その場に倒れてしまった。

「がはっ……あ、あああっ、ああ、あああ!」
「リオン!」

息絶えてしまうのではないかと思うほど苦しんでいるリオンに、俺達は急いで駆け寄ろうとする。

しかし、突然俺達とリオンの間に、召喚の魔法陣が浮かび上がった。

何か来る、と警戒する俺達の目の前に、巨大な土蜘蛛のようなモンスターが現れる。
ヴィメシュナイダー、と呟いたのは、俺だったのか、それとも仲間の誰かだっただろうか。
神殿で戦ったアウンガヘルとは別の意味で、厄介なモンスターだった。
岩場だろうと土だろうと、まるで溶けるように潜ってしまう。
そして地面の中からナタのような尾を飛び出させるか、身体を分裂させて、どこから出てくるか予測できない攻撃を仕掛けてくる。
それに、口から吐く糸に絡め取られるのも危険だ。

「援軍、が……」

リオンが、苦しそうな息の下で、それでも嬉しそうにそう言う。
リオンを説得して魔王になるのを止めさせたいのに、どうしてここで魔王の援軍が来るのか。
これではリオンに近づけない。

俺達が歯噛みしていたときだった。
ヴィメシュナイダーは、くるり、とリオンの方を向いたのだ。

「え……!?」

ヴィメシュナイダーの陰で蹲っていたリオンが、驚愕の表情を浮かべているのが見える。
それは、俺達も同じだった。

光の遺跡に入ってから全く見かけなかったモンスターが、召喚の魔法で送り込まれてきたのだ。
これが俺達に対する援軍であるはずがない。
当然、リオンの援軍になるはずなのに。

そのモンスターは、俺達ではなくリオンを狙っている。

リオンは逃げようと、立ち上がろうとしているが、その度に胸を押さえてまた崩れ落ちている。
「どうし、て……」

掠れたリオンの声が聞こえると同時に、ヴィメシュナイダーが動き出した。

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