– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

11.「精霊族と野獣族」



「まさか、精霊族の村が、野獣族の襲撃にあって滅びていたなんて……」


 廃墟となった村を痛ましそうに見ながら、イーリスが呟く。


「せめてもっと早くここに来ていたら、精霊族達と一緒に戦えたかもしれないのに」


 俺は、感情のままに叫びたいのを、拳を握って堪えた。


「どうしようもないことだったのです。未来は、誰にも見通せないのですから。静寂の森に隠れ住んでいる精霊族をわざわざ探し出し、滅ぼそうとするなんて、誰が想像できるでしょう」


 女神様が、俺達を励ますように、もしくは自分に言い聞かせるように、そう言う。


「女神様、でも?」
「ええ……私にも、未来を見通す力はありません。未来を見通せるのであれば、もっと私、いえ、この世界に都合のいいように、平穏な世界になるように、私は働きかけているでしょう」


 ふう、と物憂げに、女神様は溜息を吐く。


「とりあえず、ここにいた野獣族は倒して、精霊族の生き残りが風の洞窟に向かって逃げて行ったって情報は得られた。弔い合戦はやったってことで、ここで倒れた精霊族には許してもらおうぜ」


 マキアの言葉に俺達は頷いた。


「精霊族の生き残りという方を追いかけて、わたくし達で保護いたしましょう。情報を、というのももちろんですが、他の野獣族がまだ探している、とさっきの野獣族達は言っておりました、心配ですわ」


 そうして俺達は、野獣族に襲撃されて滅びていた村に一礼すると、精霊族の生き残りを追いかけて出発した。


 ■


 風の洞窟に向かうには、再び静寂の森を通らなくてはならない。
 が。


「1回突破した魔法なんて、もう怖くも何ともないよねぇ」


 レイサモンを撃って、また静寂の森の迷いの魔法が発動していることを確認したベルが、呑気に笑う。


「女神様、また光線をお願いしますわ」


 と促されて、女神様は指から光線を放つ。
 入って来たときと同じように光線は曲がって、俺達はそれに従って歩いていく。
 静寂の森はやはり何の物音もせず、俺達も喋らないと本当に静かだった。


「……ねーえ、誰か喋ってよ、ボク、こういう静かなの苦手」


 沈黙に耐えきれなくなったベルが、わざとらしく大声を張り上げる。


「そういうときは自分から面白い話の1つでもするもんだぞ、ベル」
「今、ネタの持ち合わせがないもん。マッキーこそ、何かないの?」
「マッキーってオレか!」


 マッキー、という仇名に、俺はつい吹き出してしまう。
 俺も呼んでみようか、と思ったが、


「ジークがオレを変な仇名で呼ぶよりも、オレの槍が届く方が早いと思うぞ、ジーク?」


 と、察知したマキアに牽制されて、ごめん、と引き下がった。
 ベルがマッキーと言って怒られないのは、年下の女の子ということだからか、ベルの性格からか。


 しかし、ベルとマキアのやり取りのおかげで少し空気は緩み、雰囲気は和やかになった。
 滅んでしまった精霊族の村で野獣族と戦ってからずっと気を張りつめていたけれど、肩の力がいい具合に抜けた気がした。


「皆様、そろそろ……、っ」
 

 がさ、と草を踏む音が聞こえる。
 そして、どこに潜んでいたのか、野獣族の戦士達が数人現れた。


「うぅん? 精霊族の生き残りかと思ったが、人間族か」
「人間族と……何か、どの種族とも違う奴がいるなぁ」


 精霊族の生き残り、と言っているということは、彼らも精霊族の村を襲った野獣族の仲間だろう。


「いや、でも……お前ら、精霊族の村の方から来たな?」


 野獣族の一群の中でも、1人だけ少しいい装備を付けた戦士が俺達をじろじろと見る。
 そしていきなり、剣を俺達の方に向けた。


「精霊族の生き残りがどこに行ったか、知ってることを喋ってもらおうか」
「は!? 知るわけないだろう!」


 俺は思わず大声で言い返していた。
 俺達だって探しているのに、何故、俺達が精霊族の生き残りをどこかに隠したかのように言われるのか。


「人間族がこんな場所にわざわざ来る理由なんて、精霊族以外にないだろう。精霊族の手引きをしていたに決まっている」


 やけに自信満々に言うが、まあ、理由は合っているが、結論があまりにも飛躍しているように思えるのだが。
 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、


「精霊族を目当てにここまで来たから、イコール手引きをする者だ、ってちょっと短絡的すぎない? というか、バカなの?」


 とイーリスが、呆れたように呟いた。
 しかし、それは向こうには聞こえなかったようで、俺達から何某かの情報を引き出す気満々で剣をちらつかせている。


 俺達も、応戦するために武器を手にする。
 

「お、やる気か?」


 野獣族の戦士達は、俺達に抵抗の意思があるのを見て、明らかに嬉しそうになった。


「野獣族って、本当に戦いが好きなんだな……」
「はっはっは、野獣族だからな!」


 それを合図に、野獣族の戦士達が襲い掛かってくる。
 最初の斬撃を避けて、避けられた際にできる隙を活かして懐に飛び込む。
 しかし相手もさすがに戦士といったところで、俺の一突きは受け止められてしまった。


「くっ、もう1回……!」
 

 間合いを空けて構え直そうとする、だが、


「ふんっ!」


と気合を入れるような声が聞こえたと思うと、森の中から俺達のいる獣道に誰かが飛び出してくる。
そして、その誰かの拳を喰らって、俺の目の前にいた野獣族の戦士が横に吹っ飛んでいった。


「……え?」


 仮にも戦士が、簡単に吹っ飛んだことに、俺は驚き、一瞬呆けてしまう。
 だが、驚いたのは野獣族の戦士達も同じようだった。
 突然現れた者を指差して、ぽかんと口を開けている。


「お、お前、野獣族……」


 野獣族の戦士達から俺達を庇ってくれたのもまた、野獣族だった。
 背中しか見ていないが、それでも分かるほど鍛え上げられた者特有の雰囲気を放っている。


「野獣族だからァ? 何だってんだ?」
「野獣族が、何で人間族の味方を……!」
「うるッせぇ!」


 俺達を庇ってくれた方の野獣族の男が吼えると、戦士達は震え上がった。
 そして、俺達と、男を見比べて、男に吹っ飛ばされて気絶している1人を抱えると大急ぎで逃げて行った。


「ふっ、口ほどにもねぇ」


 男はそう言って笑い声を上げると、俺達の方に向き直った。
 野獣族の戦士達を追い払ってくれたとは言え、彼も野獣族だ。警戒心が拭えず、武器を持ったままでいると、男は


「あぁ、俺はお前さん方と敵対する気はねぇよ」


 と頑丈そうな爪の生えた手を横に振る。


「そんなことを言われて、簡単に信用できるとでも?」


 俺が問いかけると、男は


「同じ野獣族っつったって一枚岩だと思われちゃあ困るぜ」


 と言った。


「それは……そうかもしれないけど」
「俺は、幾ら力こそ正義が掟とは言え、負けたからって魔王のやり方を全面的に受け入れる同族に納得できなくて、群れを離れた……だから、お前さん方が本当に精霊族の手引きをしていようがしてまいが、俺にとっちゃぁ、心底どうでもいい話でな」
「それなら、俺達が襲われるのを放っておいても良かっただろ。どうして俺達を助けた?」
「そりゃ義憤……って言っても信用しねぇだろうな、俺ァ、ちょっと下心があったんだよ。あぁ、もちろんお前さん方を害して強盗、とかそういう話じゃねえが」
「……一応、話は聞く」
「へぇ、良いのかい」
「命の恩人だからな。ただし、みんなが危険に晒されるような話だったら……」
「わぁってるって。俺が頼みたいのは、静寂の森の外に出るまで同行させてほしいってことだけだ」
「……怪しい」


 戦闘に割り込んできて俺達の命を助けておいて、頼みごとが森の外に出るまでの同行だけ、というのは怪しすぎる。
 同行するだけと見せかけて、隙あらば荷物を奪われ殺されたりしそう、と即座に思いつく程度には。


「おっ、すっげぇ怪しんでるな! 気持ちは分かるぜぇ、どう考えても怪しいもんな!」


 俺達の顔を見て、男はげらげら笑っている。
 しかし、すぐに真顔に戻ると、


「俺は、群れを離れた後、1人で住む場所を確保したんだよ。それがちょうど静寂の森と風の洞窟の間くらいでな。静寂の森には迷いの魔法がかかってるのも知ってたんだけど、そのおかげか変な奴らは来なくて静かだし狩りする獲物も多いし、森の中に行かなければいいんだろって思ってよ。で、色々とあって精霊族の奴と仲良くなって、そいつを持て成すためにモンスターの肉でも狩るかって出かけて、うっかり静寂の森の方に入っちまったんだよなぁ。当然迷いの魔法が発動して、出られなくなっちまったんだ。だから、森の外に出る、っていうのは俺にとっちゃかなり切実な頼みなんだよ」


 と言って、このとーり! と手を合わせてきた。
 彼の話を全面的に信じるのは不安だが、嘘を言っているようにも思えない。


「……全員で見張りながら移動すれば、対処できるのではありませんか?」


 グレイスがそっと、男の頼みを受けること前提の案を出してくる。


「まあ、この頼みごとが本物なら断るのはちっと心が痛むよな。それに、断ったとしてもこいつがオレらの後をつけてきたら断る意味がない。それなら、友好的に森を抜ける方がまだ良いんでないかい」


 マキアも男に同情的な感じだった。確かに、俺達が断って逃げたところで、追いかけられたら結果は同じだ。撒く労力をかけるのもばかばかしい。


「……怪しい動きをしたら、すぐに戦うからな」
「おっ、交渉成立?」
「まぁ……」
「よっしゃ、助かった! ありがとな、……えーと、坊主、名前は?」
「ジークだ」
「俺はアヒム。まあ、短い間だけど、よろしく頼むぜ」


 がははは、と笑うアヒムに、仲間達も


「私はイーリスよ」
「マキアだ」
「グレイスですわ」
「ベルだよ、ベルちゃんって呼んでね☆」


 と口々に名前を名乗る。
 女神様だけは警戒しているのか、ちょっと不思議そうな顔をしてアヒムを見た後に軽くお辞儀をしただけだった。だが、アヒムは女神様について特に尋ねることもなく、おう、と返す。


「思わぬ敵が現れましたが……先に進みましょう」


 女神様は、戦闘中は消していた光線を再び指先から放つ。
 その曲がった光線の行先に従って、俺達はまた移動し始めた。

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