– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

番外編①「とある日の女騎士の日記」



 今まで、日記帳は、討伐したモンスターの記録とか家計簿代わりにしてたんだけど、今回の出来事は、書かずに忘れてしまうわけにはいかないと思うから。


 まず、私の名前はイーリス。職業はクルセイダー。
 剣と盾を装備して戦うタイプの戦士よ。
 実力はトップクラス……とは程遠いけど、アヴァベルの塔を攻略し始めた初心者という位置からはとっくに脱している。
 低階層なら1人でも突破できるくらいに。


 そんな私が、何故突然まともな日記を書くつもりになったのか。
 それは、ここがアヴァベルの塔の中ではないから。
 と言っても、私がアヴァベルの塔から逃げ出したわけではない。
 そもそも、ここはアヴァベルの塔がある世界でさえない。
 ここは、アルメスという、私が生まれた世界とは違う世界だ。


 これだけでは、空想小説でも書き始めたように思われそうだから、順を追って説明する。


 その日、私は1つのクエストを終えて、クエスト報酬を受け取ったところだった。
報酬を元手にアイテムや非常食の買い溜めをして、それから次のクエストを受けるつもりで、クエスト受付所に向かった。
 普段、クエストを受けるときにはそこそこ親しい他の冒険者達と臨時でのパーティを組むことが多いのだけれど、今回は鍛錬を兼ねた単独での狩りがしたくて、1人で受けられるクエストがあるといいな、と思ってた。
 それで、紹介された幾つかのクエストの条件を確認していると、


「たすけて……」


 という声が響いてきたの。


 誰か困っている人がいる、と思って、周りをきょろきょろ見回したり、受付所の近くを少し歩き回ってみたんだけど、困っている人なんて見当たらなかった。
 クエストを受けるのを中断して探しても、困っている人の姿は見えないのに、声だけはずっと聞こえてくる。
 


「たすけて……たすけて、ください……」


 そう訴える声は本当に苦しそうなのに、声の主は見つからない。
だから、私の幻聴なのかな、と考えたりしたんだけど、それにしては声はやけにはっきりしている。
 だからとうとう、私は


「助けてください」


 と呼びかけてくる声に返事をした。


「助けたいけど、貴方はどこにいるのよ!」


 そう叫ぶと、


「私は、ここにおります」


 という声がすぐ後ろから聞こえて、次の瞬間、周りが真っ白になった。


 ■


 気が付けば、私は真っ白な空間にいた。
 どこまでも白くて、どこまでが床で、どこが壁、どこが天井、なんて分からない。
 ここはどこなんだろう、と辺りを見回そう、としたんだけど。
 体が固まって、動かない。
 手に持ったままの剣を収めたり、とか、後ろを振り返ったり、なんて、全くできず、棒立ちになっているしかない。
 手足に力を込めると少しだけぴくぴくと動く感覚があったのと、眼球は動かせたので、眼球の動く範囲で上下左右を確認するけれど、逆に言えばそれしかできなかったし、真っ白な空間で上下左右を確認したところで、白いなあ、という感想しかなかった。


「誰か……いないの?」


 少しだけ開く唇と舌を動かして声を上げてみる。
 すると、目の前に、小さな金色の光の球が現れた。


「え……?」


 光の球はどんどん大きくなって、それから人の形に変わっていく。
 やがて光がすうっと消えて、私の目の前に、女性が現れた。
 薄着で、冒険をするのには絶対に向いていない、どこも防御されていない恰好をしているけれど、その顔には見覚えがあった。


「ファインちゃん……!」


 それは、この白い空間に来る前に私にクエストを色々と紹介してくれていた、クエスト管理人のファインちゃんだった。


「ファインちゃん、どうしてこんな場所に……それに、その恰好はどうしたの?」


 私がそう尋ねると、彼女はちょっと困ったような顔をして、首を傾げた。


「あの……私は、ファインという者ではありません。アルメスの均衡を保つ女神です。そしてこの恰好は、アルメスの女神としての正装です……」
「あるめす? の、女神……? 人間じゃ……ないの?」
「はい。アルメスの善と悪の均衡が正しく保たれるように見守る、均衡の女神……それが私です」
「アルメス……それは地名、なのかしら? 聞いたこと無いわね」
「えぇ、そうでしょう。アルメスは、貴方達の住まう世界とは、異なる場所にありますから」
「……何ですって?」
「私は、アルメスを救う力を持つ者を探しておりました。そして、貴方は、私の声に応えてくださった」
「応えた? 私が?」
「はい。助けたいけど、貴方はどこにいるのよ、と。だから、私は貴方をここにお呼びしたのです。この、空間と時間の狭間に」
「空間と、時間の狭間……」
「貴方が今、動けなくなっているのは、ここが時間の流れも空間の奥行きも、上下左右もない場所だからです」
「へえ、そうなのね」
「おや、もう驚かれないのですね」
「話に聞くだけなら幾らでも嘘だって言えるけど、自分で体験しちゃったら、驚いてばかりもいられないわよ。異常事態に巻き込まれたらまず現状把握に努める、これが冒険者の鉄則ね」


 女神、と名乗る、ファインちゃんそっくりの彼女は、こっくりと頷く。


「貴方は、素晴らしい冒険者なのですね」


 そんなことを言われたのは初めてで、私は、動けないながらも、顔が熱くなるのを感じていた。


「そ、そんなことない、私は普通よ、普通の冒険者……」


 私が慌てているのを見て、女神様はふんわりとした笑顔を見せる。


「でも、貴方は、私の助けを求める声が聞こえ、応えてくださった。異世界の冒険者よ、どうか、私の世界……アルメスを救ってはいただけませんか」
「救う……?」


 世界を救うって、ただの冒険者に何ができるのよ、と思ったんだけど、女神様の笑顔の中に、怯えているような、断られたらどうしようと怯えて張り詰めているような、そんな雰囲気を感じ取ってしまって。
 彼女は本当に、心から助けを求めている、と思ったら、内容を訊くよりも先に


「私で良いなら……手を貸すわ」


 と答えていた。


「助けていただけるのですか!?」
「何よ、助けてほしいから呼んだんでしょう? 貴方が本当に困っているのを、戦士として……いえ、人として見捨ててはおけないわ。そんなことをしたら、私はずっと自分を赦せない。だから、貴方に手を貸す」
「ああ……ありがとうございます、異世界の冒険者よ」


 ほう、と安堵したような溜息を吐く女神様に、私は、頷いて良かったと思った。


「それで、何をしたら良いの?」
「まずは、アルメスに貴方をお迎えいたします」


 そう言うと、また女神様が金色の光に包まれた。
 そして私の意識は遠のいていった。


 ■


 次に意識を取り戻したとき、私は大きな建物の中にいた。


 白い壁に、金色がかった柱。上の方にはランプと、動物っぽい何かのオブジェ。
 天井も床も白いけれど、床には変な模様が描かれている建物で、そこは、後で知ったんだけど、私達をこの世界に呼んだ女神様の神殿だった。
 そのときはそんなことは知らず、ただ見たことのない建物に驚いて中を見回していた私は、何故か自分の横にフードを被った女の子が倒れていることに気付いて更に驚いた。


「ねぇ、ねぇ、ちょっと、大丈夫っ!?」


 女の子を揺さぶると、彼女は、うううん、と唸って、嫌そうに寝返りを打ってしまう。


「寝て、る……?」


 怪我をして倒れているわけじゃないなら安心したけど、こんな場所で寝ていたら風邪を引くんじゃないかな、と別の意味で心配になる。


「お! き! て!」


 少し強く言ってみるけど、その子はうう、うう、と唸るだけだった。


「どれだけ寝穢いのかしら……」


 頬を抓ったら起きるかな、と思っていると。
 

「うわあああああああ!?」


 男の人の叫び声が聞こえて、私は咄嗟にそちらを見た。
 金髪の男の人が、ピンク色の髪の毛の女の人に斬りかかろうとしている。


「……っ」


 女の人が死んでしまう、と間に合うはずがないのに本能として腰を浮かせてしまう。
 だけど、剣が彼女に届く前に、横から走り込んできた別の男の人が、持っていた槍で剣を弾き飛ばしていった。


「す、すごい……」


 振り下ろしている剣を槍で正確に突いて弾き飛ばすなんて、簡単にできる芸当じゃない。
 彼が何者なのかということも気になるけど、まずはこれで彼女の危機は去ったことに一安心した。
はず、だったんだけど。
 剣は上に向かってくるくると回りながら飛んでいくと、上の方のランプと動物みたいな飾りを壊した。
 その破片が、まだ腰を抜かしている彼女の上に降り注ごうとしている。
 しかし、今度は剣を飛ばされた方の男の人が、彼女の腕を引っ張って庇っている。
 そのおかげで、誰も怪我をしないで済んだみたいだった。


 斬りかかろうとしていた男の人と、斬りかかられていた女の人がぺこぺこと頭を下げ合い、槍を持ってる男の人が何か話しかけているのが見えた。
 と思ったら、三人の視線がこっちに向く。
 多分、ここにいるのは私達と彼らだけだから、まずは合流して現状を把握しないと。
 そのためにもこの子を起こさないといけない、と騒ぎの間もずっと寝ていた女の子を


「ちょっと、そろそろ起きなさいって!」


 と揺さぶる。
 すると、女の子はいきなり


「ごはん」


 と叫んでムクッと起き上がった。


「……あれ、ここ、どこ?」
「はあ……、ようやく起きたわね」


 図太いと言うか、マイペースと言うか、と私はその子に呆れていた。
 まあ、冒険者としては、それくらいの神経の方が良いのかもしれないけど。
 その子がきょろきょろしているうちに、3人が私達の方に来て、お互いに情報交換することになった。


 そこで分かったのは、私を含めて全員がアヴァベルの塔にいた冒険者で、女神様の声に応えたからここにいる、ということだった。
 更に言うなら、ここに来る前の出来事、つまり女神様と話した内容や、この建物の中を軽く確認した結果を合わせると私達の住んでいた世界じゃないのだろう、ということも。
 私達は簡単に自己紹介を済ませると、次は外に出る算段を始めた。
 今いる建物の中はただ広くて綺麗なだけの空間で、水や食料は無く、生活できるような設備もない。
 ここにずっといたら飢え死にしか見えないのだから、出なければと考えるのは必定だった。


 けれど、出口を探し始めた私達の前に、巨大なモンスター、アウンガヘルが現れた。
 私達の世界のアウンガヘルと違って、人と同じ言葉を話していたけれど、見た目はアウンガヘルそのもの。
 そいつは


「さて……何人が生き残るか」


なんて言って、私達を殺すつもりで攻撃してきた。
一方、私達には逃げ場がない。
 だから、それぞれ武器を手に、アウンガヘルに立ち向かった。


 最初は上手く連携が取れずに、ジークとぶつかりそうになって


「私の腕が斬れたらどうするの!?」
「わ、悪い!」


 というやり取りもあったけど。
 生き延びるにはこれしかないってことで、即席のパーティを結成して、全員で協力してアウンガヘルに挑んだ。
 倒すことはできなかったけれど、何とか一撃、アウンガヘルが苦痛を感じるほどのダメージを与えることはできた。


 それで、アウンガヘルは撤退していった。
 うーん、撤退というより、見逃してもらった感じ、だったかもしれない。


「貴様達の顔、しかと覚えたぞ。この借りは死んだ方がマシだと思うほどの礼として返してやろう」


 って、ものすごく不穏なことも言われたし。
 それでも私達は、生き延びたと実感して、腰を抜かした。
命の危機だったせいか、初めて一緒に戦った人達なのに何も言わなくても作戦が通じ合って、不思議な高揚感を感じた。


 そのまま全員で休憩してから、これからどうしよう、やっぱり外に出る方法を探したり私達をここに連れてきた女神様を探そう、っていう話をして。
 さあ始めるぞ、というときに、突然、金色の光が現れた。
 また敵が出てくるかも、と思って警戒していたのだけれど。
 出てきたのは、女神様だった。
 何故かジークだけ


「ファインちゃん!?」

 ってびっくりしてたのには、逆にびっくりした。
 えっ、この人、女神様と会ってないのにこの世界を救ってって話に頷いちゃったの? って思って。
 他のみんなはちゃんと私と同じように、女神様と会って話をしてからこの世界に来たみたいだし。


 でも、普通に立って歩き回っていたポーズのまま連れてこられた私と違って、戦闘で動き回ってるときに空間と時間の狭間? とやらに連れていかれたなら、変なポーズで固まってて顔が見えなくてもおかしくないのかな。
 

 女神様からもファインちゃんじゃないと否定されて、お詫びと一緒に、改めて状況の説明が始まった。
 女神様は


「どうか、私の声に、召喚に応じてくれた英雄達よ。世界の崩壊を防ぐため、アルメスの堕ちた神々の……魔王達の封印に、お力をお貸しください!」


 とか言い出して。
 英雄って何!? と驚いた。流石に、英雄なんて言われるような、大それたことができる存在だと、自分を過大評価はできない。
 でも、ジークは、女神様が私達を英雄と呼んでいるのを知っていたみたい。


「そういえば、時間と空間の狭間でもそんなこと、言ってたよな。俺達を魔王を封じる英雄って、本気で言ってるのか」


 そう尋ねるジークに、女神様は小さく頷いていた。


 で、話を聞いたところによると、女神様が封印してほしい魔王っていうのは、元々はアルメスの世界を守っていた神様らしいの。
 何があって魔王なんかになっちゃったのは分からないけど。
 神様が魔王になったせいで善と悪のバランスが崩れて世界が滅びそうだっていうタイミングで生まれたのが私達をアルメスに呼んだ、均衡の女神様、なんだって。
 つまり、神様が魔王になってから生まれた存在で、神様としては多分、超初心者。
 ……貧乏くじ引くために生まれてきたのかも、って考えたら、ちょっとかわいそうな気持ちにもなった。


 それから、マキアが代表して確認してくれたんだけど、やっぱりここは、アヴァベルの塔がある私達の世界、とは別の場所だった。
 こちらに来るときに一度聞いていたのを忘れたわけじゃないので、私にとっては確認の意味合いが大きかったけれど。


「なるほどなぁ……。魔王を封印とか言われても、オレらは普通の冒険者だぜ?」
「わたくし達で、世界の崩壊を起こせるほど強大な存在に立ち向かえるのでしょうか?」
「そもそも、ボク達の世界にはもっと強い人達はいっぱいいたのに、どうして呼ばれたのはボク達だったのー?」


 みんな、私と同じような疑問とか心配を、女神様にぶつけていた。
 すると、女神様は私達全員と目を合わせるようにぐるりと顔を動かし、それから、どんな基準で私達を呼んだのかを教えてくれた。
 女神様によると、アルメスの世界では、魔王の脅威とか世界の危機に晒されすぎていて、魔王に立ち向かおうなんて人はほとんどいないみたい。
 だから、アルメスの戦士の中から選ぶことはまず諦めて。
 でも、魔王と戦ってくれる人は必要だから、女神様の力で接触できた異世界、つまり、私達の世界にいる全ての人間に、助けを求めたんだって。
 私は「全人類」なんて壮大な話にびっくりして


「ひえ……」


 とか変な声を出してしまった。ちょっと恥ずかしい。


 で、結局、女神様の助けを求める声に応じたのが、私達5人だった、ってことみたい。
 ちょっと少なすぎない? って思ったんだけど、助ける、助けないの返事をする以前に、助けを求める声が聞こえなかったり、聞こえても幻聴だと思う人が大多数だったって。
 その中で、幻聴ではなく本当に聞こえる声だと認識し、はっきり助けると答えたのが私達5人。


「皆様こそ、私が求めた英雄です」


 そう言い切る女神様の声は力強かった。そんな声も出せるんだ、と思うくらいに。


 その後も私達はよく分からないと思ったことを女神様に色々と訊いて、私達が英雄かどうかはともかく、魔王を封印してアルメスの善と悪のバランスを正しいものに戻さないと、女神様が全力を出せない、全力を出せなければ私達が元の世界に帰るのは難しい、ってことは理解できた。
 名前が「均衡の女神」だから、ってことかな。
 だから、元の世界に帰りたければ、私達は魔王封印に挑まないといけないみたい。


 女神様は私達に事情を説明し終えると、


「どうか、英雄の皆様、お願いいたします。この世界を救ってください」


 と私達に向かって頭を下げた。


 その姿に、私は心から驚いたし、尊敬した。
 だって、私達は本当にただの冒険者で。ものすごく強いとか特殊な能力があるわけでもない。
それなのに、自分の世界を救わなくてはという責任感で、神様が頭を下げるなんて。
 何となく、私が感じた気持ちは全員が共通で感じているのではないかな、と思った。
 全員、魔王封印のためにがんばる、と改めて約束したから。


「ありがとうございます……」


 私達にお礼を言う女神様の声が泣きそうに震えていて、焦る。
 だけど、ジークと握手したときには嬉しそうに笑っていたから、何だかすごく安心してしまった。


 と、ここで終われば、良い話で終わったんだけどね。
 残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。


「魔王を封印するって言うけど、その方法は分かっているのか?」


 ジークがそう尋ねると、女神様は、うっと喉が詰まったような声を出した。
 まさか、と思ったら、女神様にも魔王を封印する方法ははっきりとは分かっていないみたいで。
 というのも、女神様は、この世界の神が魔王になってから生まれたから、魔王との力の差が大きくあるんだとか。もちろん、女神様が下。
こんな言い方をしても良いのか分からないけど、大ベテランのギルドマスターに新人冒険者が挑む、みたいな感じ、と考えれば近いんだと思う。


 でも、ジークが


「それなら、魔王封印の前に、魔王封印の方法を探す旅が始まるんだな!」


 と言い出して、その声がどこか空元気というか、わざと明るく言っているような感じがして、ああ、女神様を励まそうとしているんだな、と分かった。


確かにジークの言う方法しか、今の私達にできそうなことはない。他の皆も同じ考えだったようで、魔王封印の方法探しの旅に出ることに頷いたので、まあ、事態は落ち着いた。
ついでに私が


「この世界の、女神様が生まれる前からの歴史を知ることのできる本とか、知恵者っていう存在はいないの? それで魔王のことを教えてもらえたら、少しは魔王封印の手助けになるんじゃないかしら」


 と女神様に訊いたら、この世界のことに詳しそうな人達のことも教えてもらえたから、最初の目的地も決めることができたし、マキアが気付いてくれたおかげで、装備の確認もできたし。
 私はクエストを受けるつもりで買い物をしたばかりだったからアイテムも色々と持ってたけど、買い物しようとしてたっていうベルはほとんどアイテムを持っていなかった。
一番驚いたのがジークに対してで、戦闘中だったっていう彼は何も持っていなかった。
 薬とか、非常食、その他に大抵の冒険者が、冒険してれば拾うようなちょっとしたガラクタさえ。
 実は自殺志願者で、だから何も持たずにモンスターの群れに突っ込んだのかしら、と心配になっちゃったくらいに。


 ではそろそろ出発を、というときになって、女神様が、あっ、と声を上げた。
 そしてグレイスの所に行くと


「ステータス・オープン」


と変なことを言い出した。
 すると、グレイスの前に淡い桃色の板みたいな物が現れる。
 その板は、どうやら、私達がどれくらい強いか、を可視化する術らしくて。
 それによると私達のレベルは1、と表示されていた。


「……生命力以外、全部、1? え、レベル1って、始めたばっかりと同じって意味だよな?」


 信じたくない、という様子で恐る恐る発したジークの言葉を、女神様は肯定した。


 ショック、なんてものじゃなかった。
 あれこれ工夫しながら強くなるために鍛えて、塔を上り続けていたのに、それまでの蓄積が全部なかったことになってたんだから、ショックを受けない人なんていないと思う。
 のほほんとしているように見えたグレイスさえ、ショックを受けて崩れ落ちている。


 当然ながら、女神様も意地悪でそんなことをしたわけではない。
世界を救ってもらうために呼んだのに、うっかりするとすぐ死んでしまうような状態を、好き好んで作り出す理由がない。


 どうやら女神様の今の力では、服が無くなるか、今までの経験値が無くなるか、の2択しかなかったらしい。
そう言われたら、納得、いや、長い時間をかけて蓄積した経験値が無くなることに完全に納得はできないけれど、一応女としては防具どころか服もなくなって放り出されるのもすごく、困る。
 戦士であるために女を捨てたのだ、なんて言うつもりはないからね。
 それに、経験値があっても、武器がなければアウンガヘルとの戦いは無理だったから、その意味では装備を残す方を選んでくれたのも正しくない選択というわけではない。
 女神様も自分の力不足を恥じて


「中途半端な力しか使えず、私は駄目な女神です……」


と落ち込んでいるところに、しつこく責めるのも嫌だし。


 まあ、もうこの状態になってしまったものは仕方ない、とにかくこの状態で何とかしていくしかない。


 マキアなんかは


「記憶の方は残ってるし、知識で色々カバーできる部分もあるだろ。ありがとな、女神様」


 と前向きなことを言い出して、なるほど記憶は大事ね、と感心した。正直、私は記憶なんて考慮してなかったから、言われなかったらその有難みに気付かずにいたかも。


 魔法が使える組はもっと切実で、魔力はこれから何とかできても、一度苦労して覚えた呪文をまた覚え直さなきゃいけないというのはかなり大変らしい。


「召喚術も覚えてるよー、記憶があって嬉しいなー!」
「えぇ、そうですわ、先ほどは魔力が減ってしまったと悲しく思いましたが、よく考えれ
ば幾ら魔力が高くとも、唱えるべき呪文を忘れているのでは話になりません。女神様の選
択は間違っておりませんわ」

 とグレイスとベルは言っていたけど、ベル、演技下手なのね……。
いうわけで、私達はいよいよ神殿を出て、魔王を封印する方法を探す旅、に出発する準備をするための移動という何だかちょっとややこしい旅を始めた。
 てっきり、私達冒険者だけで旅に出るのかと思ったら、何故か女神様も一緒に。


「待っているだけの女神なんて、今時流行りませんわ」


 とにこにこしている女神様に、不安を覚えないと言えば嘘になるけど。
 でも、その考え方は結構気に入った。


 というわけで出発した私達は、神殿の中では特に力が落ちたようには感じられなかったけど、それは女神様の加護のおかげであり、神殿から出た瞬間からレベル1というものを体感することになった。


 町を目指して移動し始めて最初に感じたのは、装備が重い、ということだった。
 つまり、体力から筋力から、何もかも塔を登り始めた頃に戻されたので、経験を積んで鍛えた身体に合わせた装備に今の身体がついていかない。


 ジークが


「重い……まだ何分も歩いてないけど、重くてきついぞ、これ……」


 とぼやき始めたのに釣られて、盾で肩が凝る、と言ってしまうくらいには、つらい。
 マキアやグレイスも疲れた顔をしていたし、ベルに至っては一言も口を利けずにただひたすら黙々と歩くのが精いっぱいという状態だった。


 やっぱり最初から魔王を封印する方法探し、じゃなくて装備やアイテムを揃え直すために街を目指すという方針は正解だったと思う。


 けれど、途中で出会うモンスターを辛うじて倒しながら町に到着した私達は、軍資金がないという問題に直面した。
 私達の世界とアルメスは一見よく似ているから完全に油断してた。使っている通貨が違っていて、お菓子1つだって買えやしない。
 さてどうするか、と悩んでいると、ジークが、何かに気付いたような顔をした。


「なあ、この世界もモンスターが出るんだから、それに対処する、俺達みたいな冒険者が
いるんじゃないか?」


 その一言で、ピンと来た。
 確かに、町に向かう道中で私達はモンスターと何度も戦ったけれど、この町を行き来する人達で武器を装備しているのは一部の人だけ。
 それでもこの町はなかなか活気があって、モンスターに怯えきって暮らしているようには見えない。
 つまり。


「冒険者にモンスター退治をしてほしい人もそれなりにいそうよね?」


 私がそう言うと、ジークは頷いた。


「で、モンスター退治の依頼が出てたりするかもな。今からだとロクな依頼はなさそうだけど、今日がなければ今晩は我慢して広場に野宿でもして、明日の朝一番に依頼を受けに行けばいい」


 マキアの言うことももっともで、割りの良い仕事は今日はもう無いかもしれないけど、とりあえずは私達の世界で言うクエスト……モンスターを退治したりする仕事の依頼が無いか、そういう仕事の斡旋をしている場所はないかと探して、私達は移動し始めた。


 人が集まる場所が可能性が高そうだということで、広場を目指していると、あっけないほど簡単に広場は見つかった。
 それから、クエストの受付っぽい場所も。


 運よく入ったばかりの、初心者でも受けられる討伐依頼が1件あって、私達はその依頼を受けることにした。
 問題は、ソロでは受けられないということだけど、これからしばらく行動を共にする仲間なんだから、このメンバーでパーティを組めば良いじゃない、何の問題もない、と思っていたら、何故かジークがパーティ結成を躊躇うような素振りを見せた。


「臨時パーティで良いよな?」


 そんなことをわざわざ訊いてくるってことは、正式なパーティになるメリット、というか、たった5人の同じ世界出身者である私達には必要だって分かっているでしょうに。
 私はジークの提案を止めるべく


「待って」


 と口出しをした。


「これから魔王封印の旅に一緒に行く一蓮托生の関係なんだし、正式パーティとして登録しちゃいましょ」


 ジークの提案に正面から反対する私の提案は、ジークには随分と意外なものだったみたい。


「えええっ」
「……何よジーク、その反応は」
「い、いや、臨時でも別にクエストは受けられるんだし……焦らなくても」


 ジークが困り、狼狽えている理由は、私には分からない。
 よほど嫌なことがあったのか、何かの信念でも持っているのか。
 どちらにせよ、申し訳ないけれど今は非常時だ。
 グレイスの加勢もありつつジークを説得すると、ジーク自身、本当は自分の意地を通している場合ではないと分かっていたのだろう、正式なパーティを組むことに同意した。


 ……まさか、女神様までパーティに加わるとは思ってなかったけど。


 ■


 パーティの登録証を受け取った私達は、いよいよアルメスでの初クエストに挑戦し始めた。
 夜行性のモンスターを狩るっていうクエストだから、地の利のない私達には少し不安もあったけど、受付の人に教えてもらった出現場所は、町からそう遠くない、少し小高い丘のような所で、そう時間をかけず到着できた。


「あー、ここからだと町が見えるよー!」
「窓から灯りが漏れて、幻想的ですわねぇ」


 なんて、ベルとグレイスは景色を見て喜んでいる。


「ベル、グレイス、景色はまた今度にして、作戦会議するわよ!」


 2人に声を掛けて、全員で集まって作戦会議開始。
 初心者はいないから話は早いし、暫定的にリーダーになってもらったジークはちゃんと話は聞いてくれつつも肝心なところではこうしようって決めてくれるし、マキアが案を色々出したり、グレイス、ベルがそこからできることを提案したりと、アルメスに来るまで、もしかしたら塔の中ですれ違うくらいはしてたかもしれないけど話したこともなかった人達の寄せ集めパーティにしては良い話し合いの流れができていた。
 まあ、結局作戦自体は、女神様の力で夜目の利く状態にしてもらうという反則みたいな方法で、昼間の狩りと同じ感じで進めることになったけど。


 つまり、普通に2組に分かれて、それぞれのチームでフラットルを探す。
 群れを見つけたときはもう片方のチームを呼んで集団で狩る、というもの。


「2組に分かれるなら……俺とイーリスは別の組にした方が良いな」
「ええ、あとは、まあ、適当でいいのじゃないかしら。マキアも後衛ができるし」
「女神様は……?」
「……狩り自体には役に立たなくても、足を引っ張ることはないと思うから……ジーク、よろしくね!」
「お、おう……?」


 ポジションが同じなので絶対に別の組になる私とジークで相談して、あと申し訳ないけど女神様の扱いはジークに任せる形でチームを決める。
 私、マキア、ベルのチームと、ジーク、グレイス、女神様のチームに分かれて狩りを開始。


「さて、オレらはどう狩りを進めようかね」
「そうね……」


 移動しながら相談した結果、ベルの召喚術はいざというときのために温存していてもらいたいので、ベルは基本的に待ち伏せ役をしてもらい、私達が追えない範囲までフラットルが逃げ去らないようにする、私とマキアは追い立てをしつつ挟み撃ちを狙うという方針で動き始めることにした。


 フラットルに見つからないように、慎重に森の中を進む。
 向こうも夜行性だろうが、こちらだって夜目が利くようになっているんだから、そんなに不利なことにはならないはず。


 と、マキアが何か見つけたらしく私の方を見て、それから指である方向を示す。
 その方向を目で追うと、フラットルが木をがりがりと引っかいて、縄張りを作っているところだった。


 射程が短くてフラットルの突進を受け止められる私が引き付け役になろうと、そろそろと移動する。
 マキアもその意図を察して、槍を構える。


「はああっ!」


 フラットルを狙って剣を振り下ろすと、初撃は避けられる。
 そして私を認識したフラットルは私を狙って体当たりしてくる、けれど、それが私の狙いだった。
 盾でフラットルの体当たりを受け止め、ずるずると後退しながらも何とか耐えきる。
 フラットルでさえ受け止めきれないなんて、と悔しい気持ちになったけど、とにかくひっくり返されることだけは免れた。
 そして、私にフラットルが体当たりしてくることが目的だった。


「よ、っと!」


 走り出てきたマキアが、槍を振り下ろす。
 その一撃で、フラットルは倒れた。
 見事に首の一点にだけ槍が刺さっていて、これならクエスト成功の条件にある、綺麗な毛皮が採れる。
 マキアをトドメ役になるようにしたのは、ジークの剣を弾き飛ばした腕前を見込んだというのもあったんだけど、目論見通りだった。


「お疲れ様、マキア」
「お疲れさん。単独行動してる奴を狙っていけば、オレらでも何とかなりそうだな」
「そうね」
「俺が首の後ろを狙いやすいように、クルセイダーさんは自分から盾役に出てくれてるしな」
「あら、気付いてたの」
「まあな。それなら、その期待に応えねぇと、ってところで」


 私とマキアが笑って軽く手を叩き合うと、


「ちょっとぉ、ボクだけ仲間外れにしないでよぉ」

 と声が聞こえてきた。


「分かってるわよ、ベルのことも頼りにしてるんだから」
「ふっふん、分かってるなら良いけど」


1匹仕留めたおかげで気持ちにも余裕が出てきて、3人で連携の動きを確認したり、少し大きい獲物に挑戦したりと、ただクエストに取り組むのではなく、これから旅をする間の戦闘練習も兼ねて色々と試すことができた。


「ベルっ、行ったわよ!」
「うん!」


 これで一旦終わりにしよう、と決めた獲物は、私、マキアで追い込んで、ベルが最後に地中からエレメントを呼び出してとどめを刺す。
 自分も見張りだけじゃなくて何かしたい、と主張したベルに譲る形になったけど、ベルが召喚したエレメントも、一撃でフラットルを倒した。


「これで、クエスト報告をするのに最低限必要な数は揃ったな」
「ええ、あとは向こうに合図して……」
「その必要はないみたいだよ?」


 ベルが指差す方を見ると、空に金色の光が昇って行った。
 ジーク達の方でも何かあったみたい。
 狩りが上手くいったから集合したいのか、それとも大きな群れでも見つけたのか。


 私達が獲物を持って集合場所に戻る方が早く、ジーク達を待っていると、彼らも獲物を持って戻って来た。
 ジーク達もクエスト達成に必要なだけのフラットルを狩っていて、余った分はどうしようか、と相談していると、突然ジークが走り出した。


 えっ、と驚いてジークの向かった方を見ると、リーフリザードによく似たモンスターがすぐ近くまで接近してきていた。
 ジークが気付いてくれていなかったら襲撃に備えられなかったけど、それでも。


「ちょっと、1人で何してるのよ!」


 そう言いたくなったのは仕方ないと思う。
 レベル1同等の私達は、互いに協力し合わなくてはすぐに追い詰められてしまう。
 それなのに、私達に何も言わずに敵に突っ込んでいったジークの行動は、私達のためだったとしても褒められたものではない。


 幸い、リーフリザードみたいなモンスターはあまり強くなくて、私達の攻撃で倒れてくれたけど。
 これは一言釘を刺しておかないと、と思っていると、私よりも先にマキアが


「おい、ジーク」


 と少し怒った声でジークに話しかけていた。


「どうして、オレらに声をかけて出て行かなかった? もっとでかいモンスターだったらお前の身が危なかったかもしれないんだぞ」


 マキアの言うことはまさに私の言いたかったことで、ジークが何と答えるのかと見守っていたら、ジークは


「咄嗟に……」


 と何とも歯切れの悪い答えを返してきた。


「まあ、前衛がジーク1人のパーティだった、っていうならああいう動きが身についてるのもガミガミ言わねぇけどな」
「でも、これからは私も前衛にいるんだから、パーティとして声をかけて動いてよ」


 ジークが頷いて、気を付ける、と答えたので一旦納得することにして、私達は街に戻った。


 クエストの報酬に加えて、余ったフラットルを一律の価格ながらも引き取ってもらえたおかげで、私達は宿に泊まることができた。
 ジークとマキアは2人ずつで3部屋取ろうと、私達に気を遣って言ってくれたけど、できるだけ節約して明日の買い物に使いたいと女性陣の意見は一致して、ジークとマキアで1部屋、私、グレイス、ベル、女神様で1部屋を取る。


 人数が多くても、屋根があって鍵がかかって、布団のある場所で寝られるというのは有り難いことだと思う。
 野宿だって慣れてるけど、やっぱり疲れの取れ具合が違うのよ。


 その晩、どう過ごしたかは、日記にも残せない秘密ということで。
 ただ、女神様が妙にはしゃいでいて、グレイスに


「もう寝てくださいませ!」


 と叱られていたことは忘れられない。

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