■
翌朝は宿のサービスのパンとスープをお腹いっぱい食べて、全員で買い物に出発した。
傷薬とか保存食を運べるだけ買い込んで、初心者でも扱える装備を選び、今まで使っていた装備や武器は売り払った。
愛着のある装備を売るのに少し躊躇いはあったけど、ベルに
「売っちゃえば?」
とあっけらかんと言われて、決心できた。
確かに、倉庫を借りるくらいなら消耗品を買いたいし、かと言って持ち歩いたって邪魔になるだけなら売るのが一番良いのよね。
というわけで、いつか同等の物を装備できるようにがんばるから、と心の中だけで言いつつ売った。
結構良い値段で売れた。使用済み中古品だから、買ったときほどの価値はなかったけど。
装備やアイテムの用意が終わったら、いよいよ魔王を封印する方法を求める旅の始まり。
女神様よりも古くからアルメスにいるらしい、精霊族に会いに行くのだ。
「さあ、皆様を静寂の森まで案内いたしましょう」
そう言う女神様に先導されて、私達は『静寂の森』を目指して出発した。
町を出ると、しばらくは舗装された道が続いていたけれど、そのうち砂利がごろごろしていたり、土が剥き出しの整備されない道になっていった。
そこを進んで行くうちに、低い草を踏んで歩くしかない、以前誰か通ったのはいつなのだろうと思うような道になり。
道の両脇には巨木が並んで、森の中を歩いているような状態になった。
「この先が静寂の森です」
と女神様が教えてくれたけれど、私には森が続いているようにしか見えなかった。
けれど、ある場所で急に眩暈に襲われて。
眩暈が収まると、葉が風で擦れる音さえしない、完全な静寂に包まれていた。
「鳥の声すら聞こえないわね……」
「風もないな」
少しゾッとするような静寂の中を歩いていく。
女神様は、もう一息、と言ったけれど、女神様基準のもう一息ってどれくらいなの、と思うくらい歩く羽目になった。
ちょっと長すぎる、と思ったのは私だけじゃなく、ジークが女神様に、随分歩いているけどまだ着かないのかと詰め寄り始める。
どれくらいの時間歩いているのか、という質問には女神様が口籠ったので、代わりに私が
「2時間くらいよ、ジーク」
と答えてあげた。
それで、女神様が言うには、いつまでも精霊族の村に到着しないのは、森全体に掛けられた魔法が原因かもしれない、ということだった。
「皆さん、あまり離れないように気をつけて進みましょう。何が起こるか分かりません」
「女神様にもこの魔法は解けないのか?」
「ええ……。ずっと魔力の気配を探っておりますが、あまりにも古い、私の存在しない頃の魔法である上に何度もかけ直しをした気配がありまして、非常に入り組んだものになっております。解くまでには私でも時間がかかりそうです……」
「でも、闇雲に歩いていても精霊族の村には辿り着けなさそうだな……」
「早めに、何とか魔法を破らなければなりませんね」
なんて話し合いをしながら進んでいたはずなのに、すぐはぐれてしまったのには、呆れる他なかった。
「あれ、ジーク達……は?」
「あんまり離れないようにって話をしてすぐこれか……」
「おーい、ジーク、グレイス、女神様―? いないのー?」
奇しくもクエストで狩りをしたときと同じ相手と取り残される形となって、周りにジーク達がいないかと呼びかけてみたものの、返事はない。
一瞬、霧で視界が完全に塞がれたように思えたんだけど、もしかしたらあれが何かの魔法だったのかもしれない。
「さぁてと、迷子になったら動かないのが定石だが、どうしようかねぇ」
「そうは言っても、向こうだって進めば合流できるのか戻れば合流できるのか分からないんじゃない?」
「エレメントを空に飛ばしたら見えないかなぁ?」
合流するにはどうするか、と3人で話し合っていると、後ろからがさりという音が聞こえた。
咄嗟に振り向きながら防御の体勢を取ると、森の中から、ロータスにそっくりなモンスターが出てこようとしているのが見えた。
ロータスは私達に、鞭のようにしなる蔦で攻撃を仕掛けてくる。
「もうっ、こんなときに……!」
「やれやれ、次から次へと、落ち着く間もないなぁ」
初撃を盾で弾き飛ばすと、追撃が来る前にマキアが槍で攻撃して牽制してくれる。
更にベルがエレメントを召喚して反撃。
そのままロータスとの戦闘になった。
合流するために移動するか待つか、という件については有耶無耶になってしまったけど、グレイスが探査魔法を使えたらしく、その魔法とパーティ登録証を利用して私達を探し出してくれた。
「イーリス、マキア、ベル! 無事だったんだな!」
そう叫びながらジークが走ってくるのを見て、少しホッとしてしまった。
「この状況が、無事って言うのか分かんねぇけどな」
「それだけ軽口を叩けるのは無事って言うのよ、マキア」
ジーク達の方も、全員無事だったし。
ロータスは、私がバックスラストを決めてから、ジークやベルが続けざまに攻撃を当てて倒した。
全員がちょっと肩の力を抜いたところで、私が
「まったく、勝手に迷子にならないでよね」
と言ってしまったせいで、ちょっとジークと険悪になりかけたけど。
迷いの魔法のせいなんだから誰も悪くないのは分かってるけど、つい言ってしまった。
これは反省している。
それから、私達を探すために探査魔法を使ったことで、グレイスが静寂の森にかけられた迷いの魔法のからくりを見抜いて、私達は精霊族の村に到着することができた。
これで精霊族に会えれば、良かったんだけど。
精霊族の村は、魔王の手下になった野獣族によって滅ぼされていた。
精霊族の村を滅ぼした野獣族のリーダーと戦った私達は、精霊族の生き残りが風の洞窟に向かって逃げていったという手がかりを得て、風の洞窟を目指すことにした。
それにはまた静寂の森を通らなくてはいけないけれど、一度見破ったからくりに引っかかるほど、私達はバカではない。
というわけで普通に静寂の森を抜けようとしていると、野獣族の戦士達に襲われた。
何故かその戦士達は、私達のこと、精霊族の手引きをしていると思い込んでいて、訳が分からなかった。
「精霊族を目当てにここまで来たから、イコール手引きをする者だ、ってちょっと短絡的
すぎない? というか、バカなの?」
思わずそう言ってしまったけど、マキアとベルが笑うのを堪えてたの、ちゃんと見てたんだからね。
結局、戦闘になってしまったんだけど、そこに、別の野獣族の男が乱入してきて。
彼は野獣族の戦士達を撃退して私達を助けてくれたけれど、一体何の魂胆があるのかと、最初は警戒心しかなかった。
「あぁ、俺はお前さん方と敵対する気はねぇよ」
なんて無害アピールされてもねえ。
しかも、助けてくれて要求されたのが、静寂の森で迷って出られないから、森の外まで同行させてくれ、だけなんだから。
ジークじゃないけど
「……怪しい」
これに尽きる。
「おっ、すっげぇ怪しんでるな! 気持ちは分かるぜぇ、どう考えても怪しいもんな!」
と本人……人? なのかな、は面白そうに笑ってたけど。
でも、あんまり嘘を言っている感じもしないし、グレイスが
「……全員で見張りながら移動すれば、対処できるのではありませんか?」
と言い出したのを皮切りに、頼みを聞くという空気になっていた。
「まあ、この頼みごとが本物なら断るのはちっと心が痛むよな。それに、断ったとしてもこいつがオレらの後をつけてきたら断る意味がない。それなら、友好的に森を抜ける方がまだ良いんでないかい」
マキアがそう言ったのに後押しされて、ジークは判断をしたようだった。
「……怪しい動きをしたら、すぐに戦うからな」
「おっ、交渉成立?」
「まぁ……」
「よっしゃ、助かった! ありがとな、……えーと、坊主、名前は?」
「ジークだ」
「俺はアヒム。まあ、短い間だけど、よろしく頼むぜ」
「私はイーリスよ」
「マキアだ」
「グレイスですわ」
「ベルだよ、ベルちゃんって呼んでね☆」
ということで、アヒムも一緒に、静寂の森を抜けることになる。
アヒムは、自分から言ったように怪しい素振りは一切見せなかったし、話も面白くて段々警戒が緩んでいったのは間違いなかった。
静寂の森を抜けたときにばんざいと喜んでいるのは、巨体に似合わず、でも、ちょっと可愛らしくみえたほど。
ジークはすっかりアヒムを信用しきって
「アヒム、俺達は最初、君を警戒していたけれど。君は、本当に良い人なんだと思った。だから、できればまた会いたい。俺達の旅が無事に終わったら、会いに来ていいか?」
と言い出したのは、あまりにも気を許すのが早いのでは、と心配になったけど。
でも、縁があればまた会いたい、程度には私もアヒムに好感は持っていた。
だから、
「んん……まあ、縁があればな」
と、やや遠回りに断られたのが少し残念に思えた。
アヒムの家は、蔓が絡みついてやや古びていたけれど、丈夫そうな石造りだった。
そこに入っていったアヒムは、お礼としてブレスレットをジークに投げて寄越してきた。
「アクセサリー?」
とジークが首を傾げていると、
「ただのアクセサリーじゃないぜ、それは致死レベルのダメージを1度だけ完全に無効化するアイテム、リボークブレスレットだ。しかも身に着けなくても、所持品として持っているだけで効果があるっつう代物だ。野獣族の群れにいた頃に戦利品として手に入れたもんでな、1つしか無いのが心苦しいが、何かに役立ててくれや」
そう、効果を教えてくれて。
致死ダメージを1回とは言え完全無効化なんてかなりのレアアイテムだ、とジークは慌てていた。
「そ、そんなすごいアイテム、受け取れない! 俺達は、自分達のついでにアヒムが同行するのを許しただけだし、先に俺達を助けてくれたのはアヒムじゃないか! 森の外まで一緒に、っていうのは、助けてくれたことに対する交換条件だろ、その上に礼の品なんて……」
「いいからいいから。俺にゃあ、もう必要のねぇもんだ。この中の誰かが使うなり、売って新しい装備を買うなり、好きにしろって」
慌てるジークに対してアヒムはそう言って笑い、返そうとするのを拒否して家に入ってしまった。
それを追ってアヒムの家の中に入ると、中は廃墟同然で、もう数日どころではない、数年は、ううん、もしかしたら10年以上、誰も足を踏み入れていなかったかのような有様だった。
大きくない家なのに、アヒムの姿も見えなくて。
「ねえ……もしかして、アヒムって、幽霊だった?」
肯定してほしかったのかも、逆に笑い飛ばしてほしかったのかも、自分ではよく分からないまま、口に出してしまう。
それに答えてくれたのは、女神様だった。
「幽霊……なのでしょうね。あんなに、生者と全く同じように動いたり戦ったりできる死者は初めて見ましたが。……スケルトンは戦えますけれど、身体は明らかに生者と違うと分かりますし。でも、彼を見たときに感じた、普通と違うという違和感の正体は、これだったのですね」
奇妙な体験をしたという驚きと、アヒムが、また会おうとはっきり言ってくれなかった理由が分かったことによる、寂しさに似た不思議な感覚でしばらく呆然としていた私達だけど、いつまでもそこにいるわけにもいかなくて、黙祷してから彼の家を出た。
ちなみに、ブレスレットは、私達の中で唯一回復魔法が使えるグレイスが持つことになった。
■
不思議な体験の後、更に風の洞窟に向かって進んでいた私達は、野獣族に追いかけられている若い男の人に遭遇した。
ジークが彼と野獣族の間に立ち塞がったのを切っ掛けに私達は野獣族と戦闘になった。
苦戦したけれど何とか野獣族を追い払った私達に、彼は何度もお礼を言ってきた。
彼こそ、私達が探していた、精霊族の生き残りだった。
リオンと名乗った彼に、ジークが精霊族の生き残りを探していた理由を伝えると、何故かリオンは
「えっ?」
と何故か驚いた反応を見せた。
それから、何かぶつぶつと言っていた気もするけれど。
ジークが声を掛けると、何もなかったかのように、私達の名前を尋ねてきた。
私達が一人ずつ自己紹介をすると、リオンはもう一度私達を見てお礼を言ってきた。
さて、目的だった精霊族の生き残りには会えたわけだけど、これからどうするかが問題だった。
「ここでのんびりしてたらまた野獣族が戻ってくるかもしれないわ、どこか安全な場所
……は無くても、少なくともここから離れた方が良いと思うの」
「それなら、このまま進んで風の洞窟を抜ける、というのはどうだろう?」
私の提案に、リオンが風の洞窟に向かうことを更に提案してくる。
「安全は保証できないけど、戻っても、また静寂の森の魔法と格闘することになるよね? それに、まだ野獣族が僕を探して精霊族の村の近くをうろついているかもしれない。それなら風の洞窟の方がまだ楽かな、と……。それに、風の洞窟の中に、精霊族の隠し武器庫があるんだ。そこに武器や防具を取りに行きたい。洞窟を抜けるルートを一度外れて、最奥の行き止まりまで行かなければならないから、大回りになってしまうけど……」
と言うリオンの恰好は、どこにでも売っていそうなシャツとパンツだけで、町中じゃあるまいし、あまりにも心許なさ過ぎた。
私達は魔王を倒すためにリオン以外の手がかりを知らないし、それならリオンの行きたい場所に寄っても、というわけで、風の洞窟を抜けるルートを選んだ。
風の洞窟は、常にどこからか風が吹き続けていて……本当に寒かった。
意地で大丈夫なんて言ってしまったけど、脚ががくがくと震えるほどに寒かった。
そのくせ、寒いんだけど、もう無理、出よう、というギリギリ手前くらいの寒さなので、戦士としては、何と言うか、こう、逃げづらいというか。
リオンの案内で風の洞窟の最奥に到着したときは、ここでリオンの武器を手に入れれば、さっさと風の洞窟を出られる、と安堵したくらいなんだけど。
肝心の、武器庫が見つからなかった。
「リオン、本当にここなのか?」
「うん、ここが風の洞窟の一番奥だから、僕の聞いた話が正しければここに武器庫に通じ
る扉がある、はずなんだけど……精霊族は長年、他の種族との戦いを避けて、ひっそりと
暮らしてきたわけだから、武器庫も壁の中に埋もれているかもしれない」
リオンが壁を触り始めたのを見て、私達も武器庫探しを始めたんだけど、よほど深く埋もれてしまったのか、見つからない。
「リオン、その武器庫って、そんなに人の出入りがなかったのか?」
「少なくとも僕が精霊族の村に住んでいる間は、狩猟目的の木製の武器以外持っている人
を見たことが無かったよ。武器庫に入れる価値もないくらい安っぽい武器しか村には無か
った。でも、昔は大きな戦いもあったらしいし……」
武器庫を探してうろうろと歩き回るリオンからは焦りが見えて、ジークが宥めようとする。
そこにベルが
「ねぇ、凍えそうだから、ちょっと休憩しようよぉ」
って割り込んでいったおかげでリオンもジークも冷静になったのが、こういうのって、ベルのキャラの強さって感じで、ちょっと羨ましい。
私が何か言おうとすると、真面目に諭すようなことを言っちゃうと思うから。
ベルの言う通り、みんな寒くてつらいから、リオンが教えてくれた横穴で休憩することにした。
風が入らないというだけで、温かくなった錯覚を起こすのだから、人体って不思議。
そのままそこで食事も摂ろうということになり、思い思いに町で買い込んだ保存食を出していると、ジークの荷物入れがデルビに似たモンスターに奪われるという事件が起きた。
「お、俺のアイテムがっ! 非常食、傷薬、ポーション!」
とジークはデルビから荷物入れを取り戻そうと暴れていたけど、デルビは飛び回ってジークを翻弄し、逃げていってしまう。
「うわあああ! 待って、せめてポーションは返してくれっ!」
と叫びながらジークも走り出して。
私は、つい溜息を吐いてしまった。
「ジーク! ったく、あいつ、また1人で突っ走ってやがる」
「もう、ジークのドジ!」
「追いかけないと、はぐれてしまいますわ。ベルさん、お食事は後です、行きましょう」
「あぁ、ごはぁん……」
「後でまた食べようよ、ね?」
仕方なく食べるつもりだった保存食は荷物入れに戻して、皆でジークを追う。
ジークは一度はデルビを見失ってしまったけど、岩で隠された空間を見つけて、
「じゃあ、俺から入るから、俺が逃がしたら誰か捕まえてくれ」
と言ってそこに入っていった。
デルビは本当にそこにいたようで、ジークが中で何かしている気配がする。
と思ったらすぐに出てきて
「マキア、リオン、ちょっと来てくれ」
と2人を呼んでまた戻って行った。
「何をしてるのかしらね?」
「暗くてよく見えませんわね……」
立ち話をしながら待っていると、3人が穴から出てくる。
ジークの荷物入れも取り戻せたみたいで安堵していると、何故かデルビがジークの後ろをぱたぱたと飛んでいた。
しかも、いつの間に増えたのか、2匹。
女神様が言うには、
「その子達は、ジークにお礼をしたいようですよ」
とのことだった。
恐らく、ジークが片方のデルビに何かしてあげたのだろう。
ジークが隠し武器庫のことを尋ねると、デルビ達はちゃんと武器庫の場所を教えてくれた。
デルビ達のおかげで精霊族の隠し武器庫を見つけたリオンは、防具や剣を装備して、ちゃんと戦える状態になった。
さあ、そのまま風の洞窟を抜けよう、というつもりだったんだけど。
何と、風の洞窟の出口で、野獣族に待ち伏せをされていた。
「ジークさん、作戦は?」
とグレイスに尋ねられたジークが何とか捻り出した作戦が
「とりあえず、分断されないように気を付けよう、俺達は野獣族を各個撃破できるほど強なない」
だったので、ベルに
「基本的ー☆」
と突っ込まれていたのには笑ってしまった。
すごくまともな作戦なんだけどね。
■
風の洞窟の出口で野獣族と戦闘に入った私達は、何人か倒した後、安全な場所目指して逃げ出した。
何とか敵を撒いたときには、もうへとへとだった。
ベルが
「もうだめ、もう疲れたぁ、一歩も動きたくなぁい!」
とごねる気持ちも分かる。
それでも、まずはリオンから情報を得つつ、安全な町に連れていかないといけない。
そう思っていたら、リオンが
「僕を、君達の旅に同行させてほしい」
と言い出したので驚いた。
「ちょっと待って! 観光旅行とは違うのよ!?」
「オレらは、魔王を封印するなんて大層なこと言ってるけどな、全員冒険者としてはかなり弱いんだ。お前さんを守ってやったり、ってのは期待されても困るぜ」
「危険な旅になる、無理はしちゃだめだ」
私達はリオンを思い留まらせようとしたけど、リオンは頑として譲らなかった。
「僕は! 村のみんなの仇を討ちたい!」
そう叫ぶリオンに、私は気圧されてしまう。
「僕を同行させてくれるなら、僕が知っていることは全て教える。僕だって、ものすごく
強いわけじゃないけど……君達の邪魔ににならない程度には戦える」
というリオンの申し出は、正直に言えばありがたくもあった。
それでも、私達に、特に、一応とは言えリーダーということになったジークに、簡単に良いよなんて言えなかった。
「では、ジーク、よろしいのではありませんか?」
とリオンを助ける、ううん、ジークに決断を促したのは女神様だった。
「女神様? 気楽な旅じゃないのは、分かってるわよね?」
「ええ、簡単に魔王が倒せるのならば、異世界の皆様をお呼びする必要などありません。でも、リオンは本気で魔王を封印する旅に同行したいと仰っているようです。ジークも言っているように、それを無理に翻させることはないのではありませんか? 命を賭す覚悟をしているのであれば、なおのこと」
「わたくしも、リオンさんが本気なのであれば、同行していただきたいですわ。リオンさんはこの世界にもお詳しいでしょうし、助けていただけることも多いのではないでしょうか?」
「ボクも異議なぁし! というか本当に疲れちゃったから、いつまでもぐだぐた相談してないで、もう入れちゃおうよ。町に連れて行ったところで、本人が納得してなければ勝手についてくることだってできるんだから。それなら、ちゃんとパーティに入ってもらって活躍してもらえばー?」
という経緯で、リオンがパーティ入りする流れになった。
女神様はのほほんとしているようだけど、何か考えている感じがしたし、グレイスやベルが言っていることももっともだった。
ジークがリオンの加入を認めて握手をしたことで、リオンは正式に私達の仲間になった。
「じゃ、リーダーがオーケー出したってことで、リオンは今からパーティのメンバーだな」
「うーん、私はまだ心配だけど……まあ、リーダーが良いって言うなら」
「お、おい、マキア、イーリス、リーダーを強調するなよ……」
私達を代表してリオンと握手したくせに急に及び腰になるジークがおかしくて、
「ふふっ、変なところで臆病にならないでよ」
と、ついからかってしまう。
けれど、しつこくジークをからかって遊んでいる場合ではないので、私もリオンに手を差し出した。
「リオンが命を懸けてでも、と言うなら、その志、私も応援するわ。魔王を封印して、精
霊族の無念も晴らしましょう」
そして握手をすると、リオンはこくんと頷いてくれた。
リオンが仲間になって、まずしたことは、次にどこに向かうか、という相談だった。
でも、それはリオンが約束通りに色々と情報を提供してくれたことで解決した。
「魔王を封印するために僕達が一番取りやすい手段は、闇の器を破壊することだと思うんだ」
「闇の器? って何かしら?」
「魔王の力が込められた器のことだよ。対になる存在として、神の力を込めた光の器があるんだけど、光の器を女神様に預けて保護し、闇の器を破壊して魔王を弱体化させることで、僕達でも魔王を封じられるようになるよ」
「その闇の器は、どちらにございますの?」
「闇の遺跡にある……と僕は聞いている。そこを目指そう」
「闇の器がある闇の遺跡……か」
「うん、これから、闇の遺跡に入るために、火炎の洞窟を目指すよ」
「えっ、どうして火炎の洞窟に? 闇の遺跡に真っ直ぐ向かうことは不可能なの?」
「もちろん、地上から歩いて闇の遺跡を目指す道もあるにはあるんだよ。でも、危険な山岳地帯を通らなければならなかったり、凶悪なモンスターが出没したりするから、命の危険に晒されやすい。それに、野獣族以上に好戦的な悪魔族がうろついていることも多いと聞いたことがあるんだ」
「安全な火炎の洞窟側から迂回して闇の遺跡を目指す、ということでしょうか?」
「迂回する、とも違う。火炎の洞窟の奥に、闇の遺跡に通じる道があるらしい。僕も実際に行ったことはないし、急ぎの旅ではあるけれど、確実に魔王を封印することが最優先、そのためには道中ではできるだけ安全に……まぁ、火炎の洞窟も絶対安全ではないけれど、闇の遺跡に直接向かうよりは危険性は下がるはずだから、本当にそんな道が存在するならそらから向かいたい。火炎の洞窟の奥に通路がなかったとしても、今度はグレイスが言ったように迂回して闇の遺跡を目指すよ、その方が安全だ」
それで、闇の遺跡に入るために火炎の洞窟を目指し始めたんだけど。
風の洞窟がものすごく寒い場所だったのに対して、火炎の洞窟は、その場所に近づくだけで熱気を感じる場所だった。
立っているだけでじんわりと汗を掻いて、結構不快。
寒い場所から暑い場所に移動したり、ずっと歩きっぱなしか戦闘をしているかで、どこか休憩のできる所はないかとグレイスが女神様に訊いてみたけれど、
「昔はこの辺りにも町が幾つかあったはずですが、しかし全て魔王の手に落ちてしまいました。滅びているか、魔王側に与して私達にとって安全とは言えない場所になっているでしょう」
という答えで、期待はできそうになかった。
なかなか厳しい、と思っていたとき、私は木々の間に屋根を見つけた。
「ねえ、あれ、町じゃないかしら」
と皆に声を掛けると、皆、頷いて。
町に入ってみよう、ということになった。
女神様だけは
「こんな場所に、こんなに綺麗に町が残っているはずがありません。別の道を探しましょう」
と止めてきたけれど、残念ながら、リオン以外の全員は、本質は冒険者なので、何かありそうな町なんて素通りできなかった。
結果として、罠だったわけだけど。
町全体が召喚術になっていたみたいで、足を踏み入れる者がいればモンスターがぞろぞろ出てくる場所だった。
グレイスのサンクチュアリという魔法がなければ、簡単には逃げられなかったと思う。
女神様は
「ですから、私はまともな町は残っていないと申しました」
って拗ねちゃったし。
それでも、女神の加護の力を使って私達の体力回復をしてくれるんだから、感謝している。
あの罠になっている町が火炎の洞窟に向かうための最短ルートだったみたいで、そこを使うことはできなくなった。
でも、西に大回りすれば岩場から火炎の洞窟に入れるということで、そちらにルートを変更して進むことにする。
ただし、今から西に大回りし、岩場から火炎の洞窟に、なんて移動をしていると日没までに岩場を超えられるか分からないし、安全に夜を過ごすための準備も必要だから、岩場手前で今日の移動は終了、野宿をすることに決めた。
体力がない、を自称していたベルは本気で疲れて
「ボクはもうここで野宿でも良いけどねー」
なんて言っていたけれど。
残念ながら、野宿に入るには早すぎる。
「ベルさん、ここはまだ先ほどの町に近すぎますわ。岩場まで行けないとしても、もう少
し離れる必要はありますよ」
とグレイスが宥めてもなかなか立ち上がろうとしないから、私はベルの前にしゃがみこんだ。
「つらいなら背負うわよ? レベル1に戻されたって、ベルよりは体力あるから」
かなり本気で心配して言ったんだけど、何故かベルは
「……いい、何か、それはそれで恥ずかしい……」
と羞恥心が勝ったらしく、私に背負われるよりも自分で歩いていくことを選んでいた。
岩場に向かう道中は、リオンが
「この辺りはモンスターはあまり多くないはずだから、今までよりは進みやすいと思うよ」
と言った通り、特に危機に陥ることもなく。
思ったよりも早く岩場に到着して、野宿の準備を始めた。
ベルと女神様が火起こし、ジークとリオンが水汲み、私とグレイスとマキアで狩りと分担して行動する。
狩りでも、あまり言うべきことはなかった。
アウンガヘル撃退、フラットル狩りから、もう何度も協力して命がけの戦闘をしてきたので、お互いの癖とか、どう動きたいかが視線や身体の動きから読めるようになっていて。
だから、獲物さえ見つけたらあとは連携を取って追い詰めて、ということがほとんど何も考えることなく実行できた。
ほどほどに狩りをして、ついでにグレイスが見つけた、香辛料になる野草も摘んで戻ると、ベルがお湯を沸かしていた。
「ベル、その鍋どこにあったの?」
「女神様が出してくれたんだよー☆」
へえ、と女神様を見ると、何故かえっへんと胸を張られた。
「ジーク達、もう一回お水汲みに行ったから、これはお料理に使っちゃおうと思ってお湯にしといたんだー」
「それは助かりますわ」
私とマキアとグレイスで獲物をさくっと捌いて肉の塊にすると、野草と一緒に鍋に入れて煮る分と焼いて食べる分に分ける。
食べられない部分は、ベルがエレメントを召喚してじゅっと焼き尽くしてくれた。
毛皮とかね、売りに行く時間はないけどそのまま置いておくと匂いでモンスターが寄ってきたりするから。
ジーク達が戻って来て食事の時間になったんだけど、驚いたのが女神様も食事に加わろうとしたことだった。
今まで何も食べようとしてこなかったから、てっきり要らないのだと思ってた。
「女神様も人間と同じ物を食べられるのか?」
「ええ、必ずしも無くてはならないわけではありませんが……私も、皆さんの輪に入りたいんです! 同じ食事をして絆を育む、というのは人間族の伝統でしょう?」
「えーっと、伝統かは分からんが、パーティを組んだら普通に一緒に飯くらい食うよな。解散しない限りは、日夜一緒に行動するわけだしよ」
「そうね。女神様、こっちの煮込みじゃなくて良いの?」
「皆さんと全く同じ物を頂きたいのはやまやまですが、私は、調理された物を口にできるのか試したことがありません。ここで試して、万が一おかしな影響が出たら、皆さんの足手纏いになってしまいますから。そんな女神は困るでしょう? ……いつか、機会があれば試してみたいものですが。でも、木の実や野草は試したことがありますので、食べられます」
ということらしくて、この女神様、チャンスがあったら料理とか食べるんだろうな、と思いつつ、皆で食事をした。
昼は保存食だったので、温かい汁物とか焼けたお肉とか、すごく嬉しい。
食後は飲み水以外の水を女性陣が貰って、簡単にではあるけれど汗を流して。
火の番とモンスター番を兼ねた寝ずの番の順番を決めて、私達は睡眠を取ろうと横たわった。
この世界に来てから色んなことが目まぐるしく起こって、その興奮のせいかすぐに眠れなくて何度も寝返りを打った。
そうしてようやくうとうとし始めたところに、ジークとリオンが何か話している声が聞こえてきた。
何を話しているのかは聞き取れなかったけれど。
耳を澄ますよりも眠気が勝ってしまって、リオンが起こしてくれるまですっかり熟睡してしまった。
で、私が寝ずの番の順番としては最後なので、空が少し明るくなり始めている。
まだ皆を起こすまで時間はあるけれど、この世界に来てからついさっき……私が寝る前の出来事までを書き終えたので、この日記も一旦ここで終わる。
また時間を見て日記の続きを書く予定。
魔王封印に向かって前進したことが書けるように、頑張っていかないとね。