– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

15. 「新たな仲間」

 横穴は薄暗いけれど、少しずつ目が慣れて来る。
 穴と言っても案外横幅も広く、2、3人くらいなら余裕で横並びになれそうだ。
 俺はそろそろと奥に進んで行く。
奥は行き止まりで、大きな岩が転がっているのが分かる。
 そして、岩の前にいるデルビの姿も見えた。
 デルビは岩と地面の隙間に、俺の保存食をぎゅうぎゅうと押し込んでいるような動きをしていた。


 俺は、足音を立てないようにそうっと近づく。


「こらっ、俺の食べ物で遊ぶな!」


 逃げられないほどの近さまで接近した俺が大声を出すと、デルビはびくんっと跳ね上がり、保存食を落とした。
 けれど、逃げるとか、俺に向かってくるのではなく、何かを庇うように俺の前でぶるぶると震えている。


 何か変だ、と俺はデルビの後ろを覗き込む。
 するとそこには、岩に尾を挟まれたデルビがいた。


 目を閉じて衰弱しているように見える。
 尾が挟まれているせいで、食べ物を獲りに行けず飢えてしまったのか。
 俺は一度入口に戻ると、


「マキア、リオン、ちょっと来てくれ」


と2人に声を掛けた。


「どうした?」
「ちょっと手伝ってくれないか」
「私達は?」
「全員が入るには狭すぎるんだ、だからイーリス達はここにいてくれ。今は力仕事のできる男手がほしい」
「そう、分かったわ」


 俺とマキア、リオンは横穴に入っていく。
 3人に増えたのを見て、デルビが威嚇体勢になった。


「大丈夫だ、お前と戦うつもりはない……うーん、言葉通じるのか……? 俺達は、そいつを助けたいんだ。だから、落ち着いてくれ」


 警戒させないように横からそうっと回り込む。
 言葉が通じたのか、デルビは、尾を挟まれている仲間を庇うような素振りを見せているけれど、俺達に襲い掛かってこようとはしない。


「こいつを、岩の下から出してやればいいんだな?」
「ああ」
「3人で岩を動かせば……滑らせると尾にもっとダメージを与えるから、転がすのが良いよね」
「よし、ジークが下側、俺とリオンが上の方を押さえて転がそうぜ」


 俺達は、岩に手を掛ける。


「ジーク、掛け声頼む」
「分かった。……せぇの!」


 俺達3人は、同時に力を入れて岩を転がそうとする。
 すると、ぐら、と岩が傾いた。
 そのまま一気に壁に岩を押し付けるように転がすと、ぱたぱたとデルビが岩の下から抜け出す。
 デルビはすぐに食べ物を拾い上げると、大切そうに食べ始めた。
 ……それ、俺の保存食だったんだけどな。いや、意地汚いことは言うまい。


 俺はほったらかしにされていた荷物入れを回収して、傷薬を取り出した。
 そしてデルビ達に近づく。
 助けてやったことで警戒が緩んだのか、2匹は俺が近づいても逃げようとしない。


「ええと……人間用の傷薬が効くか分からないけど……気休めにしかならないかもしれないけど、塗るから、大人しくしててくれよ」


 一応確認を取って、そうっとしゃがむ。
 デルビの尾に傷薬を塗ってやっている間、2匹は大人しくしていた。


「これでよし、と」
「ふっ、ジーク、お前さん、優しいところがあるんだな」
「何だよ、普段優しくないみたいに……そりゃあ、冒険者だからモンスターを狩ることは珍しくないけど、必要もないのにモンスターを狩るような戦闘狂だと思われたら困る」
「悪い、悪い」


 へらりと笑うマキアをひと睨みしてから、俺はデルビに


「もう、あんまり悪戯するなよ。酷いようだとこっちも倒さないといけなくなるからな」


と話しかけた。


「よし、マキア、リオン、戻ろう」
「良いのかい?」
「ああ、荷物入れは取り戻した、中身も無事だ。これ以上、デルビに対して怒っても仕方ないだろう。……腹は減ったけど」
「後でオレの保存食分けてやるよ」
「ありがとう、マキア」


 俺達が横穴から出ると、


「荷物入れは取り戻せましたの?」


と心配そうにグレイスが話しかけてくる。


「ああ、この通りだ。待たせてごめん、皆」


 取り戻した荷物入れを見せると、皆、ホッとしたような顔をした。


「んー? ねえ、ジーク、それ、どうしたの?」


 ベルに言われて、彼女が指差す方を見る。
 俺の斜め後ろに、デルビが2匹、ぱたぱたと飛んでいた。


「うわっ? おい、俺はもう食べ物なんか持ってないからな!」


 俺がデルビを追い払おうとすると、女神様に


「落ち着いてください、ジーク」


と止められた。


「その子達は、ジークにお礼をしたいようですよ」
「礼?」
「ええ。何か頼んでみたら、満足して離れるのではないでしょうか」


 頼み事ができるのであれば、やっぱり、アレしかないだろう。


「じゃあ……お前達は、この洞窟にあるっていう隠し武器庫の場所を知らないか?」


 そう尋ねると、デルビはぱたぱたと羽根を動かして、洞窟の奥に向かっていった。
 俺達はそれについていく。
 デルビ達は洞窟の一番奥に到着すると、壁をカリカリと引っかき始める。


「ここ? ここに、武器庫があるのか」
「私達も掘ってみようか」


 俺達はデルビ達の真似をして壁を掘る。
 しばらくすると、ずず、と雪崩が起きるような音がして、壁の一部が崩れた。


「扉だ!」


 リオンが飛びついて、化石でも発掘するように土を払っていく。
 すると、古めかしい装飾のある、大きな扉が現れた。


「キキキッ!」


 デルビ達が、どうだ、と言わんばかりに飛び回っている。


「ありがとう、助かった」


 俺が礼を言うと、2匹はぱたぱたと飛んでどこかに消えていった。


「さあ、開けるよ」


 リオンは、扉のくぼみに手を掛ける。
 そして、横にスライドさせようとする、が。


「か、固い……っ」


 長年土に埋もれていたせいで錆びついているのか、リオン1人では動かせないらしい。
 

「俺も手伝うよ」
「お兄さんも老体に鞭打っちゃおうかね」
「私も!」
「ではわたくしも」
「ボクもやるー!」


 結局、リオンとイーリス、グレイスが扉を引く体勢になり、俺とマキアとベルが扉を押す体勢になることで、全員が互いを邪魔しないようにしつつも扉にしがみつくことができた。


 女神様は


「あの、私は……?」


 と残念そうな顔をしているが、女神様だから怪我とかはしないとしても、鎧も身に着けず、素肌を露出しているような女性に土まみれの扉にしがみつかせるなんてできない。
 だから、


「女神様はそこで応援していてくれ」


 と言い聞かせて待機していてもらうことにした。


「力仕事だってできますのに……」
「女神様に求めているお力はそういった方面ではございませんわ……必要になりましたら、こちらからお願いしますから」

 
 グレイスにも説得され、女神様は頷いて扉から離れた。
 

「皆、行くよ!」


 リオンの声に合わせて、扉に力を加える。
 今日は何かを押してばかりだな。
 なんて思いながら、ふんっ、と更に力を込めると、ずず、と音がした。


 少しずつ音は大きくなって、扉が横に滑り始める。


「もう一息、だ……!」


 何とか扉が開いて、俺達は中に入る。


「すごい……」


 一番先頭のリオンが、感嘆の声を上げた。
 確かにそこは武器庫だった。
 丈夫そうな鎧や装飾の多い鞘に入った剣、弓矢、槍、篭手や膝当てなど、武器や防具がぎっしりと収められている。
 魔法使いの杖のような物も何本もあった。


「ふ、ふふ……騙されたのかと思ったけど……あいつ、僕を本当に……にする気があるみたいだな」
「リオン? 何か言ったか?」
「……いや、この武器が精霊族の村にあったら、みんな、もっと戦えたのかな、と思ってね」
「そうだな、見た目は古いけど、どれも錆びたりしていない……精霊族の特殊な技術なのかな、すぐにでも使える物ばかりだ」
「さて、眺めてばかりもいられないね、自分の装備にする物を選ばないと」


 リオンはすぐに表情を引き締めると、自分に合う防具や武器を選び始めた。
 胸当てだけでなく肩当てや篭手も選んでいて、慎重な性格のようだ。


「……よし。僕はこれで行くよ」


 装備を身に着け終わったジークは、最後に剣を腰から提げる。
 そうすると立派な戦士のように見えて、さっきとは見違えるようだった。


「その装備ならちゃんと戦えそうだな」
「ああ、君達と……さっきのデルビ達のおかげだよ。これで、君達の足手纏いにもならないはずだ」
「足手纏い、なんて思わないけど……俺達もそんなに強くないから、リオンを守り切れる自信がないんだ、だから自衛してくれるとありがたい」
「もちろん、自分の身は自分で守るよ。さあ、洞窟を抜けよう」


 俺達は武器庫を出て、他の者に見つかりにくいように扉を岩や苔で隠し直す。
 そして、改めて出口に向かって進み始めた。


 武器庫を出て、出口の方に向かっていると、案外出口の近くまで来ていたらしく、道の先から薄っすらと光が漏れている。


「さあ、もう一息だ、みんな、がんばって……」
「待って!」


 俺がみんなを励まそうと声を上げると、ベルに止められた。


「この先……嫌な感じがするよ」
「嫌な感じ?」
「さっき、野獣族と戦ったときに感じた……魔王の、闇の力……」
「もう野獣族に回り込まれて……?」
「多分、そうだと思う」
「どうする? 入口の方に戻るか?」


 俺がみんなに尋ねると、


「そうね、少し遠回りしても、安全な場所に……」


とイーリスが応じる。


 しかし今度は女神様が


「戻るのも危険かもしれません」


 と言い出した。


「女神様?」
「入口の方からも、何者かの気配が近づいてきています」
「やっぱり、野獣族かい?」
「種族までは遠すぎて分かりませんが……」
「戻っても進んでも戦闘になるのね……」
「どうする? 進むか、戻るか」


 俺がみんなの顔を見回すと、マキアが


「進もうぜ」


 と提案してきた。


「マッキーには、何か案があるのー?」
「案……って言うにはちと消極的だけどな、戻る途中で野獣族に鉢合わせ、外にいる奴らも入ってきて挟み撃ち、なんてことになったら絶望的だろ? それなら、入ってきてるやつらに追い付かれる前に外に出れば、オレ達なりの戦い方に持ち込めて勝機もあると思うんだよな」
「そうだな……俺も、マキアに賛成だ。ここじゃ、剣を振り回したり魔法を使ったら同士討ちになりかねない」
「お、サンキュー、ジーク」


 にか、と笑っているマキアに対して、他の人から異論が出る様子はない。
 俺はそもそも賛成だし、


「じゃあ、戻る、って意見がないならこのまま進もう」


 そう言うと、全員頷いた。


「それなら、出口側からも入ってこないうちに出なきゃね、急ぎましょ」
 

 イーリスに促され、俺達は小走りで出口に向かう。
 出口に近づくにつれて、俺にも異様な気配が分かるようになってくる。
 もちろん、ベルのように魔王の力の気配が分かるわけではないけれど。
 武装している者が動くときに立てる、特有の音とか、大勢の息遣いとか、そういう物々しい雰囲気を感じるのだ。


「ジークさん、作戦は?」


 グレイスに尋ねられて、俺は、えっ、と間抜けな声を上げてしまった。


「さ、作戦?」
「外に出て、それからどうするか、ですわ」
「俺にマキアみたいなことを要求しないでくれよ……とりあえず、分断されないように気を付けよう、俺達は野獣族を各個撃破できるほど強くない」
「基本的ー☆」


 俺なりに一生懸命喋ったのに、ベルに一蹴されてしまった。
 が、基本は大事だ、本当に。


「まずは、全員生きて安全な場所まで行こう!」


 そして、俺達は風の洞窟を抜けた。


 ■


 やはり、出口では野獣族の一群が待ち構えていた。
 既に気付いていた俺達は、ルール無用とばかりに先制の不意打ちを食らわせたり集団戦で強そうな奴を撃破したり、と何とか敵の戦力を削って安全な場所まで逃げることに成功する。


「もうだめ、もう疲れたぁ、一歩も動きたくなぁい!」


 草の上にごろりと寝転んで、ベルがうぅんと伸びをする。


「ベル、ここで寝ちゃだめだ。リオンを町まで連れて行って……」
「いや、僕は人間の町には行かないよ」
「……それは、どういう意味だ?」


 リオンは、俺達を見回すと、


「僕を、君達の旅に同行させてほしい」


 と言い出した。


「ちょっと待って! 観光旅行とは違うのよ!?」
「オレらは、魔王を封印するなんて大層なこと言ってるけどな、全員冒険者としてはかなり弱いんだ。お前さんを守ってやったり、ってのは期待されても困るぜ」
「危険な旅になる、無理はしちゃだめだ」


 突然の申し出に、俺達は慌ててリオンを思い留まらせようとする。
 俺達は女神様と約束したし、自分の世界に戻るという目的もあるけれど、リオンはそうじゃない。
 一見人間の姿に見えるのだから、無理に危険な旅などせず、人間として町で生きていくこともできるのではないか。
 そう思ったのだけれど、リオンは、首を横に振る。
 

「僕一人では魔王には太刀打ちできないけれど、均衡の女神様に選ばれた君達と一緒なら……」
「落ち着けって……!」
「僕は! 村のみんなの仇を討ちたい!」


 リオンは俺の言葉を無理やり遮る。
その瞬間、リオンの目が、ギラリと光ったような気がした。
 そこに込められていた感情は、怒りか、憎悪か。


「僕を同行させてくれるなら、僕が知っていることは全て教える。僕だって、ものすごく強いわけじゃないけど……君達の邪魔ににならない程度には戦える」
「リオンが戦えることはさっきの戦闘で分かったけど、でも……」
「お願いだよ、ジーク、みんな……。僕だけこのまま逃げて、どこかの町で魔王に怯えながら生きるなんて嫌なんだ。村のみんなの仇を討つために、何かしたい。情報と引き換えに同行させろ、なんて卑怯なのは分かってる……でも、こうでもしないと……」


 そこまで言って、リオンは苦しそうな顔をしたけれど、同行したいという意志を翻すつもりはないようだった。


「俺は……俺の一存では決められないけど。リオンが敵討ちしたい気持ちを無視できないし、戦力になってくれるならありがたいと思うよ。でも、本当に、命の保証はできないんだ……」
「もちろん、それは覚悟の上だよ」
「では、ジーク、よろしいのではありませんか?」


 女神様が、リオンに助け舟を出すようなことを言ったので、俺、だけではなく、みんな驚いた。


「女神様? 気楽な旅じゃないのは、分かってるわよね?」
「ええ、簡単に魔王が倒せるのならば、異世界の皆様をお呼びする必要などありません。でも、リオンは本気で魔王を封印する旅に同行したいと仰っているようです。ジークも言っているように、それを無理に翻させることはないのではありませんか? 命を賭す覚悟をしているのであれば、なおのこと」


 女神様は相変わらずにこにこと笑っているが能天気な感じには見えず、何か女神様なりに考えてのことのように、俺には感じられた。
 すると、グレイスものんびりと、そうですわねぇ、と声を上げる。

「わたくしも、リオンさんが本気なのであれば、同行していただきたいですわ。リオンさんはこの世界にもお詳しいでしょうし、助けていただけることも多いのではないでしょうか?」
「ボクも異議なぁし! というか本当に疲れちゃったから、いつまでもぐだぐた相談してないで、もう入れちゃおうよ。町に連れて行ったところで、本人が納得してなければ勝手についてくることだってできるんだから。それなら、ちゃんとパーティに入ってもらって活躍してもらえばー?」


 女神様がリオンを擁護してから、リオン同行に賛成という流れになっている。
 

「本当に、君達の助けになってみせるよ!」


 リオンからも真剣にそう言われて、俺は


「分かった……よろしく、リオン」


と頷いた。


「じゃ、リーダーがオーケー出したってことで、リオンは今からパーティのメンバーだな」
「うーん、私はまだ心配だけど……まあ、リーダーが良いって言うなら」
「お、おい、マキア、イーリス、リーダーを強調するなよ……」
「ふふっ、変なところで臆病にならないでよ」


珍しくイーリスにまでからかわれたと気づいて、俺はじとっとイーリスを睨むが。
イーリスは素知らぬ顔をして、リオンに手を差し出した。


「リオンが命を懸けてでも、と言うなら、その志、私も応援するわ。魔王を封印して、精霊族の無念も晴らしましょう」


 リオンはイーリスの手を握り返すと、ありがとう、と応じる。
 こうして、リオンが俺達の仲間に加わったのだった。

 

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