– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

1.「邂逅」Ⅰ



「初めまして、異世界の冒険者よ。私はアルメスの均衡を保つ女神」

 頭の上から声が降ってくる。
 柔らかくて穏やかで、きっと顔も声と同じように穏やかそうなんだろうなと思わせる、そんな心地よい声が。


 だけど、俺は彼女、女神って名乗ったんだから彼女で合ってるだろう、彼女の顔を見ることはできない。
 何故なら俺は、剣を大きく振りかぶり、左足を踏み込み、身体をやや斜めに傾けた体勢で固まっているからだ。

 ものすごく気合を入れれば、指先とか足先はちょっぴりだけ動く。
しかし、体勢を変えるなんてことはできない。
 一応、眼球は動くので、目の前にいる女神様をちょっと視界の邪魔だなと思いながら、周りの状況がどうなっているのか確認したくてぎょろぎょろと視線を巡らせた。

 ……白い。ひたすら白いぞ。


「冒険者よ、突然のことで驚いたでしょう……」


 女神様が何か言っているが、それどころではなかった。
 俺は何故こんな場所にいるのかと、それが思い出せず必死に頭を回転させる。

「何でここにいるのか思い出せない……いやっ、大丈夫、大丈夫、混乱してるだけだ……」
「……あの、聞いてますか?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。俺の一大事なんだ」
「一大事……? 貴方の命の危機は既に去りましたが……」
「そうなんだけど、俺の記憶という別の問題が」
「あの、話を……」
「だから、待ってくれって。えぇと……」

俺の名前はジーク。よし、思い出せた。

 名前を思い出したのをきっかけに、色々なことをちょっとずつ思い出せてきた。



俺の住んでいる世界では、多くの冒険者がアヴァベルと呼ばれる塔の踏破を目指す。
俺の故郷はその塔の近くにある、これといった名物や名産品もない村だった。

俺はどこにでもいる普通の冒険者で、剣術を得意とする剣士……ウォリアーだ。
近所に住む元冒険者だっていう人に剣を教わって、村では負け知らず、くらいまでは強くなった。

で、俺は冒険者になるって決めて、アヴァベルに向かったんだ。
アヴァベル。いつからあるか分からず、どれくらいの高さまで伸びているのかも謎の塔。
塔を踏破するとどんな荒唐無稽な願い事でも叶う。或いは世界最強の力が手に入る。はたまた三回生まれ変わっても遊んで暮らせるほどの財宝が手に入る。
などなど、色んな噂がある。

そこに、世界中から冒険者が集まっていた。
自分に合う武器や道具を手に取って、上へ上へと目指す。自分のパーティを組んだりして、どこまで続くか分からない階層を突破していく。
塔の中でありながら、森や草原、砂漠、街と階層ごとに環境が変わる塔は冒険者達の好奇心を刺激して止まず、殆ど一生を塔の中で過ごす冒険者も少なくない。
俺だって、初めて塔を目の前で見たとき、自分も冒険者の一員になるんだって、絶対に塔を制覇するんだって、胸には希望が満ちていた。


ついに始まった、憧れの冒険者生活。


それから、まぁ色々とあった。初めて見るモンスターに四苦八苦したり、良い装備を買うために節約生活をしたり。
モンスターを退治したり木の実を集めたりする依頼、通称クエストと呼ばれる短期の仕事をこなして金を稼ぎつつ強くなろうと頑張ったり。

 その中で、気の合う人もできた。彼らとパーティを組んで、たくさんの冒険をした。
 楽しかった。「楽しかった」のだ。
 モンスターの群れが多発するという場所に、拘束魔法をかけられて置き去りにされるまでは。

 俺は前衛として彼らを守ろうと前に出続けた。だが、あまりにも連携を無視して前に出すぎてしまった。
仲間達は、俺が、手柄やモンスターを倒したときに得られる素材を独り占めにしようとしていると勘違いをしていた。
 だけど、俺も、勘違いをされて当然だったと気づいた。
 何故なら、俺は、自分が彼らを守っていると驕った。
その実、彼らが戦闘経験を積んで強くなる機会やパーティとしての連携を育む機会を無自覚に奪っていたのだ。

 そのことに彼らが先に気付いて、俺は拘束魔法をかけられて転がされるまで考えもしなかった。

 恨まれるのも、嫌われるのも仕方ない。理解した。
 だけど、まだ死にたくない。
 だから、モンスターに見つかる前に拘束魔法の効き目が切れたのを幸いに、俺は生き延びるために町に向かって全力で移動した。
 途中でコボルトの群れに出会ってしまい、逃げながら戦うことになったが、諦めるつもりはなかった。


 結果として、死にそうになって。
 そうしたら助けてという声が聞こえたんだ。
 俺は、生き延びられたら助けると答えた。


そして目の前が真っ白になり、気が付くと、身体が固まっていたのだ。
更には目の前にぽわんぽわん、と金色の光が浮かんでいた。
その光は少しずつ大きくなっていき、やがて、ぱちんと弾ける。


「……ええ?」


光が弾けた後、俺の目の前に、何かが現れた。
何だこれ。白い布、薄橙色の緩いカーブを描く面、真ん中に深い溝、また面、白い布。
……。
…………。


「初めまして、異世界の冒険者。私は、アルメスの均衡を保つ女神。冒険者よ、突然のことで驚いたでしょう」


俺が戸惑っていると、頭の上から声がした、というわけだ。



うん、全部思い出せた。思い出せたんだけど、今度は俺の視界が大問題だった。

今まで、自分の思考の世界に入り込んでいたから気付いていなかった。でも、よく考えたら俺の頭の上に、声の主の頭があるということは、俺の目の前にあるのは、その、あれだ。いわゆる……胸部だ。

そう気づいた途端、風邪でも引いたみたいに顔中が熱くなった。
普通ならそんな場所に視線が向くような体勢ではいられない。
急いで直立に立ち上がって、相手と顔を突き合わせる形になろうとするだろう。
だが、固まった身体は、自分の意思ではどうにもできない。


「え、あ、っと、女神様、ちょっと訊きたいんだけど」
「はい、何でしょう?」
「ここは、どこなんだ……?」


顔も見えない自称女神様に、俺を直立の体勢に戻してくれと言いたい。だが、そうすると俺がどこを見ていたかバレそうだとも思う。
流石に初対面の女性に、いやらしい男だと思われるのは、俺のせいじゃないとしても結構堪える。
だから、女神様が自分で気づくのを期待しながら、俺はまず自分が一番知りたいことを尋ねた。


「ここは、時間と空間の狭間です。貴方を助けるために、一時的に貴方をここに退避させました」
「時間と空間の……狭間?」
「えぇ、ここは時間の流れのない、上も下も右も左もない……普通は、人間は入れない場所です」
「だから、俺は動けないのか……」
「えぇ」


さら、と布が揺れて、女神は多分頷いたのだろう。だから、気付いてくれ。色々。さら、というか、たゆんっていう動きが俺の視界に入ってくるのが居た堪れない。


「ですから、貴方は死んだわけではなく、生きて、ここにおります」
「そっか……ありがとう、な」
「ついでに、貴方を召喚する際に、貴方の身体の中の酷い傷も消しておきました」
「えっ、本当に!?」


身体の中の酷い傷って、コボルトに殴打されたときの内臓の傷だろう?
まさか、と思うけれど、確かに今は全く痛みがない。

 時間が流れないから痛みを感じない、のではなく、本当に治っているなら有り難い。


「貴方には、私の声が届いておりましたね」
「やっぱり、ずっと助けてって言っていたのは……」
「えぇ、私です。そして貴方は応えてくださいました。……どうか、異世界の冒険者よ。私の世界、アルメスを救ってください」


あるめす、というのは地名だろう。
『均衡の女神』を名乗るこの女神は、そこの土地神か何かか。

「……分かった」
「……本当ですか?」
「俺は、仲間を守っているつもりで勝手に先走ってたような奴だけど、それが原因で仲間に嫌われたけど、それでも、良いなら」
「えぇ、構いません。誰かを守りたいと思うことができ、そのために行動できる、貴方のような方を求めておりました。どうか、お願いいたします」


 女神様の声が、ちょっと上擦っている。
 そのせいで、さっき冷静に俺を諭していたときの穏やかそうな印象が薄れた。
何と言うか、笑ってるんじゃないかなと思うような声だった。


「女神様にはモンスターから助けてもらった恩もある、それに、助けてって言われて、見捨てるようじゃ……冒険者失格だよな」


声が震えたのに、彼女は気付いただろうか。
俺なんかが応えて良かったのか、やっぱり不安だ。
だけど、俺よりも震える声で助けてくださいと言っていた女神様を、放っておけなかった。

「異世界の英雄、貴方に感謝いたします」

あぁ、ホッとしたような声を聞いて、俺もホッとしてしまうのだから、俺は本当に単純だ。
……って、今、何か変なこと言わなかったか?
英雄?

「では、アルメスに転移いたします。後でお会いいたしましょう、魔王を封じる、選ばれし英雄よ」


やっぱり英雄って言った! しかも魔王って、更に何か増えてる!
待ってくれ、やっぱり色々話を聞かないで頷いたからもっと詳しく!

と、言いたいことはたくさんあったのだが。
女神様が現れたときと同じように金色の光が輝いて、意識が遠ざかる。

……そういえば、結局、女神の顔は見られなかったな。

そんなことを思ったのが最後だった。

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