– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

9. 「閉ざされた森」

 よく眠れた。
 頭がすっきりとしている。


 クエストの報酬やフラットルの毛皮を売って得た金で泊まれたのは安宿だったけれど、野宿に慣れているとは言ってもやはり天井があって布団がある場所で寝ると体力の回復具合が違うと思う。


 しかも。しかもだ。
 この宿は安いが、食堂があって、宿泊者は自動的に朝食付きなのだ。
 パンとスープだけど、スープはおかわりもできる。
 というわけでマキアと競うように着替えた俺は、食堂に駆け込んだ。
 一番乗りだと思っていたけれど既にイーリス達、女性陣が来ていて、スープのおかわりまでしていた。
 

 俺とマキアも腹いっぱいパンとスープを食べて、少し腹ごなしの休憩をした後、宿に支払いをして立ち去る。
 そして市場に行くと、まず装備を買い替えた。
 安くて、その分、今まで使っていた物と比べると壊れやすいけれど、軽くて扱いやすい初心者向きの武器や防具に取り換えていく。
 人に向けないようにしつつ剣をゆっくりと振り下ろす動作をすると、手にしっくり馴染むような感覚があった。
 アヴァベルに昇り始めた頃は、こんな感じの武器を使っていたんだよな、と少し懐かしく思い出す。


「ところで、今まで使っていた武器とかはどうする?」


 俺がそう言い出すと、ベルがあっけらかんと


「売っちゃえば?」


 と言い出した。


「だってさー、こんな重いの、持っていけないし、倉庫? とか借りるお金もないじゃん。それなら売って薬とか買って、ボク達が強くなったらまた装備を強くしていけば良いんじゃない? アヴァベルでもそうしてきたんだし」


 それもそうだ、と俺は納得する。


「そうだな、ベルの言う通りだ。……これ、アルメスで売れるのかな」


 俺は地面に置いたままにしていた剣や肩当てなどを拾い上げる。
 他のみんなも同じようにしていて、俺達は武器屋に今まで使っていた武器を持ち込んだ。


 安い初心者用の装備を身に着け、高価で丈夫な装備を売りたいと持ち込んだ俺達に、武器屋の主は妙な物を見るような顔をしたが、ちゃんと武器を鑑定してくれた。
 アヴァベルで使っていた武器などはこちらでも売れるようで、一安心である。


 その後は、傷薬やら回復ポーションなど、旅をするのに必要な物をせっせと買い込んだ。
 重くて動けなくならない程度を考えながらも、どれくらいの長旅になるか分からないから可能な限り荷物入れに詰め込む。


「まあ、もうこれ以上は買っても持てないわね」


 ぽんぽん、とイーリスが自分の荷物入れを叩く。


「では、参りましょうか」


 魔力を回復する薬をたっぷりと買い込んだグレイスが俺達を促す。


「さあ、皆様を静寂の森まで案内いたしましょう」


 当然ながら特に何も買う物はなかった女神様が、俺達が持ち物を確認し終えたのを見て、そう言った。


 ■


 俺達は町を出ると、女神様の案内で、昨晩クエストのために入ったのとは別の道を進んだ。
 最初は舗装された道だったが、途中から砂利がごろごろしていたり、足場の悪い道になっていく。
 そこを更に進んで行くと、土を踏みしめて作られた獣道に入る。
 大きな木も増えて来て、俺達は完全に森の中を歩いていた。
 

「静寂の森ってのは、あんまり人の出入りもないのか」


 ざくざくと背の低い草を踏みながらマキアが問うと、女神様は


「まず精霊族が外とほとんど交流を持たないということは前にお話ししましたね。精霊族は基本的に自給自足の生活をしておりますので、外と交流をしなくても困らないのです。そして、かつては人間族が森に入ったこともあったそうです。しかし、多くの者が戻らなかったと。かろうじて戻って来た者も、二度と森に近づきたがらず、少しずつ森に入ろうとする者は減っていき……そして、今の状況なのだそうです」


 と教えてくれた。


「それから、付け加えますと、ここはまだ静寂の森ではありませんよ。静寂の森の、手前の手前くらいです」
「あらら、そりゃ先は長そうだなぁ」


 マキアは軽く肩を竦める。
 でも、昨日はぐっすり眠れたし、朝ご飯も美味しかったのでまだまだ元気いっぱいだ。


「あ、皆様、こちらです」


 時折、女神様の指示で進行方向を変える。
 昼間でありながら辺りは少しずつ薄暗くなっていき、森の奥に入り込んでいる実感があった。


 ■


しばらくの間、俺達は女神様の指示に従って、ほとんど消えかけた獣道を進んだ。
すると、女神様が


「この先が静寂の森です」


 と前の方を指差した。


 そこは、一見今まで歩いて来た森と同じように見える。
 だが、女神様が指差した方向からは妙な雰囲気が漂ってきた。
 例えるなら、今歩いている道のどこかに線が引かれていて、その線を越えると別の世界に入ってしまうような。


「何か……気味が悪いわね」
「気味が悪いと言うよりも、魔力の気配を感じますわ」


 イーリスの感じる悪寒に、グレイスが補足していく。


「魔力の気配? どんな?」
「どんなと言われましても、どう表現したら良いのでしょうか……状況としては、森全体を包むような魔力が、弱くですが感じられます」


 ううん、とグレイスは眉間に皺を寄せる。


「その魔力の気配ってのは、オレらが入ったら何かヤバいことが起きそうなのか?」


 魔力全然ない仲間、であるマキアがグレイスに尋ねる。


「いえ、そんな物騒な気配はございませんわ」
「大丈夫だと思うよー?」
「精霊族がいかに外と交流しないからと言って、侵入者を即攻撃するようなものは仕掛けないと思います」


 グレイスだけではなく、精霊を使うベルに、ここに案内した女神様も大丈夫と頷く。
 

「それなら……行くか」


 俺達は真っ直ぐに静寂の森に向かって突っ込んでいく。
 一瞬、ぐわん、と眩暈のような感覚に襲われる。
 しかし、それはすぐに引いていった。


 眩暈を振り払うように頭を軽く振って、辺りを見回す。


「ここが……静寂の森……」


 本当に、文字通りの静寂だった。


「鳥の声すら聞こえないわね……」
「風もないな」


 物騒な魔力の気配ではない、と女神様達は言っていたが、しんと静まり返った森というのはかなり不気味だった。


「女神様、このまま道なりに進んで行けば良いのか?」
「ええ、そうです。精霊族の村までは一本道のはずですから」


 静寂の森に入る前は、道はあるか無いか分からないくらいの、ほとんど森に戻りかけている獣道しかなかった。
 だが、今、目の前には立派に舗装された道がある。


「精霊族の村は静寂の森の奥、ですが、静寂の森はさして広くはございません。皆様、もう一息です」


 女神様に励まされて、俺達はそのまま目の前に延びる道を歩いていく。
 一息、と言われたのを信じて、黙々と、黙々と。
 だが。


「……もう一息って、言ったよな、女神様?」
「……はい」
「一息って言って、俺達、もうどれくらい歩いてる?」
「ええと……」
「2時間くらいよ、ジーク」
「ありがとう、イーリス。……女神様、2時間は、一息と言うには長いんじゃないか?」


 俺がじいっと女神様を見ると、女神様は明らかに狼狽えた。


「ですが、本当に踏破するのに2時間もかかるとは思えない程度の森で……もしや、迷いの魔法が、この森に漂う魔力の正体?」


 俺に慌てて説明している途中で、ハッと女神様が表情を変える。


「なるほど、それならばいつまで経っても建物の影さえ見えないのも道理ですわね」
「じゃあ、この霧もその魔力のせいってことかい?」


 グレイスが合点がいったと頷けば、マキアがさっきから俺達の視界をぼんやりとさせる霧もまた魔力の産物かと疑いを持つ。
 マキアの疑問に肯定で答えたのは女神様だった。


「ええ、恐らくは。皆さん、あまり離れないように気をつけて進みましょう。何が起こるか分かりません」
「女神様にもこの魔法は解けないのか?」
「ええ……。ずっと魔力の気配を探っておりますが、あまりにも古い、私の存在しない頃の魔法である上に何度もかけ直しをした気配がありまして、非常に入り組んだものになっております。解くまでには私でも時間がかかりそうです……」
「でも、闇雲に歩いていても精霊族の村には辿り着けなさそうだな……」
「早めに、何とか魔法を破らなければなりませんね」


 とは言っても、女神様に今はその手段はなさそうだ。
 一応グレイスを見るが、グレイスも首を横に振った。


「んー、休んでる暇もないし、ここで立ち止まってても魔法を解除する方法は見つからないから、進まなぁい?」


 ベルに促されて、俺達はまた歩き出す。
 しかし、進むにつれて、今度は霧が濃くなっていく。
 段々と、まるで霧の中どころか雲の中を突き進んでいるように、視界が白くなる。
 はぐれていないかと、俺は後ろを振り返って確認する。


「みんな、いるか?」
「はい、おりますわ」
「私もここに」
「……イーリス、マキア、ベル?」


 グレイスと女神様の声しか聞こえず、俺は残りの3人の名前を呼ぶ。
 だが、返事が返ってこない。


「おおい、イーリス、マキア、ベル!」


声を張り上げてみるが、俺の声が少し反響して消えるだけだった。


 

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