– 異世界に召喚された英雄たちが紡ぐ物語 –

  1. 小説

20. 「光の遺跡へ」I

リオンは、闇の器を持ち、女神様を連れて逃げて行ってしまった。

俺達は衝撃から立ち直ると急いでリオンを追って祭壇のある場所から出たけれど、そんなに時間は経っていないはずなのに、リオンと女神様の姿はどこにも見当たらなかった。
リオンはどこかに抜け穴とか近道でもあるのを知っていたのだろうか。それとも直感で見つけ出したのか。

「2人はどこに……」
「光の遺跡、じゃないかしら?」
「光の遺跡?」
「ええ。リオンは闇の器と光の器、そして女神様の力で魔王になるって言っていたじゃない。闇の器と女神様を手に入れたなら、次は光の器……そうでしょう?」

確かに、それが一番自然な流れに思える。
とは言うものの、俺達は光の遺跡の場所を知らなかった。

「イーリスの言う通りだけど、光の遺跡に行くにはどうしたら……」
「手がかりとしては、今までオレ達が通って来た場所にはなかった、ってことだな」
「……マキア、何が言いたいんだ?」
「マキアさんは、戻るよりは今まで行っていない場所を目指して移動した方が、光の遺跡を見つけやすいんじゃないか、そう考えていらっしゃるのですよ」
「そういうこった。光の遺跡とやらが完全に地面に埋まってでもいたら見つけるのは難しい……とは思うけどな、もしもオレらがリオンと出会ってからここに来るまでに光の遺跡があったんなら、リオンはそっちから先に行ったと思わないか? そうしなかったってことは、今まで通って来た辺りには光の遺跡はない。当てもなく光の遺跡を探して移動するなら、まずはまだ行ったことのない場所から廻るべきだと、オレは考えるね」

なるほど、と俺は頷く。

「光の遺跡がどこか、よりも、まずはここを出ないとねー? ボクら、上から落ちちゃったから、最初の入り口には戻れないし」
「あっ……確かに」
「でも、リオンが出て行けたんだから、どこかに出口があるはずよ。探しましょ」

リオンが逃げてから俺達が出てくるまでにそんなに時間がかかったわけではないから、リオンが通路を埋めたりして隠すような時間はなかっただろう。
そう考えて壁沿いに脱出口を探していると、俺が少し屈めば入ることが出来そうな大きさの穴を発見した。

「皆、ちょっとこれを見てくれ!」

通路を探して散らばっている皆に聞こえるように声を張り上げると、すぐに全員が集まってくる。

それぞれ、俺の見つけた穴を覗き込み、風の動きがあるかなど確認していたが、

「他に脱出口になりそうな場所がなければ、ここに入ってみようと思うんだけど」

と提案すると、了解、と返事があった。

まず、言い出しっぺの責任として、俺が最初に入る。
穴は緩やかに上り坂になっていた。
腰を屈めたまま進むのは少しつらいが、段々と風が顔に当たるのをはっきり感じられるようになってくる。

更に進んでいくと、徐々に明るさも増してきた。
やがて、はっきりと出口が見えて来て、もう少しだ、と進むペースを上げる。
外に出ると、見覚えのない荒野と岩山が広がっていた。
火炎の洞窟から入って闇の遺跡を出たのだから、見覚えがないのは当然だけど。

全員が穴から出てきたのを確認して、俺は闇の遺跡を見る。
俺達が落ちたのは地下だったが、地表に出ている部分は、太さの違う円柱を縦に2つ重ねたような建物になっていた。

「闇の遺跡って、このような構造でしたのね」

グレイスが興味津々といった様子で眺めている一方、ベルは、ようやく呼吸ができる、と言わんばかりに深呼吸を繰り返している。

「ベル、大丈夫?」
「うん、外に出たら楽になったよー、心配してくれてありがと、イーリス」

魔王の力でずっと具合が悪そうだったのが、今はきれいさっぱり、といった様子になっていた。

「ええと、俺達が入って来た、火炎の洞窟はどっちだ……」

辺りは荒野、火炎の洞窟の入り口は火山だったから、もしかすると火山が見えないかと周囲を見回す。
と、ある方向から熱気を含んだ風が吹いてきて、風上の方に視線を凝らすと、岩山の陰から山が火を噴いているのが見えた。

「あれが火炎の洞窟の入り口だから……まだ俺達が進むべきなのは、あっちだな」

火山に背を向けるようにして、俺達は進む方向を決める。
この世界のことを知っている女神様もリオンもいないまま新しい土地に向かって進んでいくというのに一瞬不安も感じたが、いや、アヴァベルの塔にいたときだって、自分にとって新しい階層に踏み入るときには同じようなものなのだ、とにかく今は光の遺跡を一刻も早く見つけなければならない。

「よし、行こう」

皆に声をかけて、俺達は出発した。

岩山と荒野のうち、荒野の平坦な場所を選んで進むうちに、少しずつ、背の低い植物が増えてきた。
最初のうちは、いかにも乾燥に強そうな植物ばかりだったけれど、徐々に植物の種類が多様になっていく。

土地が変わったとはっきりと目に見えて分かるようになった頃、遠くに大きな木があるのが見えた。

「わあー、すっごい! ここまで木の力が感じられるなんて、樹齢何年なんだろう?」

ベルが驚きの声を上げる。
俺には木の力というのは分からないけれど、確かに木のある方に進んで行くにつれて、風が心地よい、というのは感じられた。
光の遺跡の場所の当てもない俺達は、何とはなしにその木に向かって進むようになっていた。

「何だか、足元が柔らかいな……」
「またジークの足元から崩れ落ちるかもしれねぇな?」
「ちょっと、ただの湿地でしょ、嫌なこと言わないでよ」
「湿地……ということは、水辺も近いのでしょうか?」
「水の気配は、少ししてるけどまだ遠い感じかなあ」

辺りには背の高い草も増え、静寂の森のときのような迷いの魔法が発動することもなく、進むにつれて木の全貌が露わになってくる。
何本もの木が絡まり合い、境目も分からないほどに密着して、闇の遺跡と同じほどの大きさに成長した巨木の姿が。

それから、その手前には大きな沼があった。

「この沼を超えないと、先には進めないか」
「と言っても……どれくらいの大きさの沼なのか、全体が見えませんわね」

沼は大きく、それに加えて薄っすらと霧がかかっており、グレイスの言う通り沼の全体の姿を把握することはできない。

「舟か何かあったら良いんだけど……それもなさそうねえ」

向こう岸、つまり巨木の生えている場所があるのだから、どこかから地続きで向こうにいけるとは思うのだが。
巨木のある場所が沼の中の小島かもしれないという可能性は措いておいて、とにかく、この沼の端があるはず。

「ひとまず、水辺に沿って歩いていってみよう。舟も見つかるかもしれない」

というわけで、方向転換して、沼の淵に沿うように移動を始めた。
巨木と沼の風景は、絵心がない俺でも絵に残したいと思うほど綺麗だったが、端の見えないほど巨大な沼は体力には優しくない。
霧で少し足元が見えにくいのでうっかり地面と沼の踏み外さないように注意しつつ進むと、やがて緩やかな曲線の地形が現れる。
更に慎重に進んでいくと、霧の中にぼんやりと、家の形が見えた。

「家……?」
「誰か住んでいるのかしら。それとも空き家?」
「行ってみようよー! ここに住んでる人がいたら光の遺跡のこととか訊けるし!」

俺達は沼に沿って家に近づくと、家の扉を叩く。
しばらくはシンと静まり返っていたから、もしかして空き家の方かと思ったけど、時間を置いて

「どちら様?」

と若い女性が現れた。

尖った耳と、どこか老成した雰囲気は、彼女が人間ではないということを示している。
かと言って、女神様ともどこか違って感じられる。
全身を覆う布のようなゆったりとした服をまとった彼女は、俺達を見て首を傾げた。

「突然すみません、俺達は旅をしている冒険者なのですが、ここは……何という場所なのか、教えてもらえませんか?」

何から尋ねるべきか迷った結果、俺はまず、現在地について質問してみた。

「ここは、沈黙の沼……よ」
「沼ということは、沼の淵をぐるっと歩いていったら、あの大木の所にも行けるのかしら」
「ええ……ただし……あの木に害を加えようというつもりなら……この地の守護者として……お前達を排除するわ……」

のんびりとした話し方なのに動きは目にもとまらぬ速さで、彼女の爪が俺の喉元に軽く触れる。
剣の柄に手を掛ける暇
大木に何かしてやろうなんてつもりはなかったけど、そんな風に念を押されると妙に緊張してしまう。

「き、君が、沈黙の沼の番人? ですか」
「人ではないから……番人という言い方が適切かは……分からないわ……。でも……ずっとここに住み……沈黙の沼を守って来た精霊族の末裔……であることは……確か……」
「なる、ほど……。ええと、俺達は、沈黙の沼や、あの木に何かするつもりはなくて、ただ、光の遺跡を探しているんだ」

彼女を安心させようと俺は光の遺跡が目的であると伝える。
しかし、彼女はカッと目を見開くと

「お前、何故光の遺跡のことを知っている!」

と言いながら、首に当てた爪を更に食い込ませてきた。

「っ、首が……」
「答えよ! 光の遺跡のことは他の種族には秘する盟約がある、お前達はどこで光の遺跡のことを知った!」

まるで人が変わったように威圧的に迫ってくる彼女を、イーリスが間に入って引き剥がす。

「待ってよ、そんな風に首を絞めながら言われても答えられないわ! ちょっと落ち着いて、まずは手を離して」
イーリスのおかげで、何とか呼吸が楽になる。
ただ、首がぴりぴり傷むのは、彼女の爪が食い込んだときに切れたのだろうか。

「……取り乱したことは……謝罪、するわ。けれど……旅の人間族が……どうして、光の遺跡のことを……」

警戒を強める彼女に、俺は、魔王封印のために旅をしていることや、封印する手がかりを求めて、長きにわたりアルメスに存在している精霊族の知恵を借りようと静寂の森の精霊族に会いに行ったこと、彼らの住む村は滅ぼされていたが、生き残りのリオンから闇の器と光の器のことを聞き、その力を必要としていることをできるだけ細かく説明した。

彼女は、静寂の森の精霊族達が滅ぼされていたことに驚いたようだった。

「迷いの森の魔法に……守られていた精霊族が……誰も逃げられずに、滅びたと……?」
「リオンという生き残りがおりますわ、彼もその森に住んでいた精霊族……」
「違う……あれは、精霊族の出来損ないだわ……人間族との……混血……」

出来損ないとは何だ、と怒鳴りそうになった俺の肩を、マキアがぐっと引き寄せる。

「マキア……!」
「怒るのは分かるが、彼女は光の遺跡のことを知っている……ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。分かるだろ?」

マキアが俺に囁いてきたことも、確かにある意味では正論ではあるが……俺は、リオンがそんな失礼なことを言われたのが悔しかった。
リオンときちんと言葉を交わしたこともないだろうに、混血というだけで出来損ないと口にできるのが信じられない。
だが、それを言ってしまうのも、彼女の機嫌を損ねるかもしれない行動だとは分かっている。

だから俺はぎゅっと唇を噛んだ。

「確かに……この世界は……魔王の脅威にずっと晒されている、わ……。アルメスの神々が魔王になった……代わり、に、均衡の、女神……が出現したことも……知っている……」
「ボク達はその魔王を封印するために集まったんだよねー」

にっこり、と擬音がつきそうな笑顔を向けたベルを、彼女はちらりと見やって。
「嘘……と断じるには、確証が……ないわね……」

そう言い出した。

「では、信じてくださいますの?」
「信じる……とも言えない……だから……沈黙の沼の試練を……受けてもらうわ……」
「沈黙の沼の試練?」
「ええ……試練を受ける者が正しい志を持つならば……乗り越えられると言われている……試練……。もしも……その試練を乗り越えて……戻って来たなら……お前達の話を……本当のこととして信じるわ……」
「試練をクリアできたら、光の遺跡について詳しく教えてくれるの?」

イーリスの問いかけに、彼女はこくんと頷く。

「こちらに……」

彼女に手招きされて、俺達はぞろぞろと移動する。
そして、船着き場のような小さな桟橋に到着した。

「さて……試練は1回につき1人だけ……誰が試練を受ける、の……?」

彼女がぐるりと俺達を見た瞬間、俺は、サッと挙げた。

「俺が行く」
「お前……名前は」
「ジーク。リオンの友人だ」

彼女は名乗り出た俺をじっとりと見詰めてくる。
俺も、その視線に負けないように、彼女をしっかりと睨むように見詰めていた。
視線を逸らしたら負け、くらいの気持ちで彼女を凝視していると、ややあって

「分かったわ……」

と頷いた。

「試練って、何をするんだ?」
「それは……ワタシには分からないわ……試練を受ける者だけ、が……知ることができる……それでも、挑む……?」
「ああ、もちろんだ」
「そう……覚悟の、上なのね……」

彼女は桟橋の上を一歩、沼の方に進み、

「沈黙の沼の守護者……カディナの立ち合いにより……沈黙の沼の試練、を、開く……」

と宣言する。

すると、霧がすうっと晴れた。

関連記事

PAGE TOP